悲しませただろう

 謁見当日となってしまった。  周囲はますます騒がしくなっている。  城内は物々しく、出仕している貴族も役人も皆早足だ。出入りは完全に制限され、連日不審人物が捕まっているそうだ。釈放も同じくらい早いが。  調べ物は難航している。  当たり前だ。王宮にある書物と王宮の人間から聞くしかないのだから。資料は見つけた一つ以外は当たり前のように何も無く、王宮の人間はそもそも知らないか、それどころじゃない。  謁見の時、直接本人から聞くしかない。  もしくは――ゼーローゼに会いに行く。  気が重い。  ハルはもう消えた涙の痕を気にするように擦った。 「目が痛いの?」 「ううん。何でもない」  側面についている耳が自然と力を失うのを感じながら、首を振る。どう言う顔をして会えばいいのだろうか。ファルバの顔を思い浮かべては面の下で嘆息した。  悪魔の首を簡単に一刀両断できても、駆け引きや日常生活でままならない事が多い。  そのとき、表現しがたい感覚がハルの神経に触れた。さっと振り返っても。誰もいない。  悪寒に逆立った産毛をなで付けるように首筋に触れ、警戒するように辺りを見ますが、人影はなく、護衛達もハルを見つめるばかり。  そのうち悪寒は消えたが落ち着かない気分が続いた。今すぐ飛び出して吠えてしまいたいような。  装甲している間に、使用人が迎えに来た。  三人は顔を見合わせ黙ってついて行く。  王城でも奥まった、プライベートスペースに近い位置に近づいている。 「どこへ行くのですか? 謁見の間はこちらではありませんが……」  ダグラスが聞けば、使用人は「あっております」としか言わない。  ここだと通されたのは、王城の深くに作られた一室だ。すでにプライベートスペースに入り込んでいた三人は周囲を見回す。  謁見は変更され私的な晩餐会に招かれたようだ。規模は小さくとも、宴のようである。  調度品が置かれ、分厚い絨毯の上に盛られた山盛りの果物や丸焼き。香ばしい香りを放つパンの上に白いクリームと紺碧に輝くジャムが塗られている。サラダや焼きたてのフィシュパイを見て自然と溢れた唾液を飲み下したハルはモリトの背後に控えた。  二人は戸惑いながら招かれた場所に腰を落とす。  既にいたのはハルの何倍も大きな亜人で、肌が緑がかっていた。トロールの血を引いているのかもしれない。髪は青っぽく、着ている物は豪奢だった。光沢に富んだビロードの生地を使った真っ青なマントの裾にはふわふわとした毛皮がつき、裏地には所狭しと並んだ刺繍。襟は金の布地を当てられている。  ヘイリング・ディス・パイロン王、その人だ。 「申し訳ない。謁見の間では誰が聞いているかわからぬのでな、急遽こちらに変更となった」 「そうでしたか……。この度は無理を聞いていただき恐悦至極に存じます」 「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。ここは私的な場であるゆえな。そなたらの他に一人招いている。到着を待とうではないか」 「ありがたく。……そのお方とは、どなたでしょう?」 「オリンガル・ハウル」  宰相の名を告げ、モリトに視線を向けた王は口元を引き上げた。翡翠のような目が威圧するように凝視している。まるで喉元を締め付けられるような重苦しさを感じたが、殺気より幾分易しい。  モリトもハルも動じないところを見て王は初めて笑った。 「なるほど、剛胆な者達だな。ところでそなた、巫という事だが不勉強で申し訳ない。建国以来初めて聞くが、その職は何をするものなのだ」 「神木と話をするんだよ」  皮肉を解さず言葉のままに受け取ったモリトは言う。敬語も何も無い、子供であっても許されない口調だ。しかし巫という地位とヘリガバーム教団という後ろ盾がモリトを守る。 「ふむ、話なら王城のゼーローゼも出来るが? たったそれだけのことが重要な事ならば、我が庭師も教団の巫にどうだ、高位神官殿」 「巫は言葉によって神木のお心と通じ、慰める事ができます。それ故、総本山に御座すファズザラーラ様は生気を取り戻したのでございます」 「ファズザラーラとな?」 「神木の御名前でございます。パイロン王城の神木も名を持っていらっしゃるはずですが……お知りにならない? お話になられていらっしゃるはずです、真に言葉を交わせるならば、彼の一族より」  これは一体どうした事か、といっそ不敬なほど首をかしげ王の無知を知らしめるダグラスは内心ひやひやだ。だが、相手には毛皮の下に表情が隠されてわからない。  見る者には忌まわしいほどふてぶてしく見えるだろう。  腹芸の得意ではなさそうな黒猫は、しかし教団の高位神官を務めている。生き馬の目を抜くような上層部で彼もそれなりに渡ってきたのだ。  それなりに謀る術は持っている。 「神木に名前があるとは、果たしてそれは本当か? 植物が話す声を聞く、そのような能力は聞いた事もないがな。巫は妖精族とでもいうのかね」  あくまで嘘だと断じるのは背後にゼーローゼがいるからか。  しかし、その言葉こそが王とゼーローゼの関係を象徴しているように思えた。 「では確かめに参りますか。森の奥――ゼーローゼが守る神木の根元にて」  鼻白んだ王は「おいそれと会わせる事は出来ぬ」告げる。 「ならば証明する事もできますまい。王自ら教団の総本山にいらしてくださるならば話は別なのですが」 「執務がたまりますゆえ、その辺にしていただけませぬか、客人殿」 「――遅いぞ」  その時、横やりが入った。  入り口から入った空気がいやに冷たい。それは彼の冷たい瞳のせいかもしれなかった。彼はまっすぐモリトの前に膝をつけると、ぽかんとする顔を見つめ、 「急にお呼びなさるので仕事が積み上がったままなのです。――失礼を」  貴人は滑らかに膝を折った。 「巫殿には、お初にお目にかかります。宰相を務めさせていただいております、オリンガル・ハウルと申します。時間をとれず、このような場所にご足労いただくことになりありがとうございます。芯神殿に至っては城内の者に気を配っていただいているとか」 「お心を慰められたのならば幸いです。我々の本分は人々の不安を取り除き、安寧を願う事ですから」 「と、まぁこれは儂の宰相だ。よろしく頼む」  台無しになった、とオリンガルは鼻の頭に皺を寄せた。 「そのような紹介は止めていただきたい。国政を担う者としての自覚が足りないのでは」 「お前のように慇懃無礼なのもな。それに、ここは私室。非公式の会見だ」 「だからこそ、でしょうに……」  頭が痛いとつぶやいたが、オリンガルもそのつもりだろう。遅れてきたのだから。  座れ、と促され彼は腰を落ち着けた。  彼らが座るのに合わせ、使用人達が遠ざかっていく足跡を聞きながらハルは立ち続けた。それを見咎め、王がダグラスを見る。 「彼女も当事者の一人です。それから後ほどオリンガル殿には時間を作っていただきたいのですが」 「何用かお聞きしても? 失礼ながら、本日はあまり時間は取れないのですが……」 「あなたルフュラ?」  ハルが問えば、ほんの少し場の空気が変わった。  不躾だっただろうな、と思いながら続ける。 「ルフュラに遺言を預かっているの。三十秒もかからないけど、どうするの?」 「相手を聞いても?」 「名前は知らないわ。聞く前に死んでしまったから。でも、ロンドネル領主はわかってるようだった。聞けば遺品も荷物も取り寄せてくれるんじゃないかしら」 「なるほど。今教えてくださいますか」 「ルフュラだけに伝えるように言われているの。約束は破らないわ」 「……。時間を作りましょう。食後にでも来ていただきたい」 「モリト、様」 「ボクはかまわないよ!」  主従のふりをした二人は頷きあう。ハルは場を邪魔しないよう壁側に控えることにした。料理の匂いに腹の音が鳴りそうになったからではない。断じてないがとても美味しそうだ。  晩餐が始まれば、それぞれが食器を持ち食べ始める。 「して、不自由はしておらぬか。最近は物騒でな、そなたらにも迷惑をかけていると思うが許されよ」  なら、そろそろ監視の目を外して欲しいところだが、そうはいかないだろう。 「不自由はしてないけど、神木に会いに行けないのは困るな。ボク達の目的はそれなんだから。でも、ゼーローゼは神木の根元につれて行ってはくれない。王様はどうにかできる?」 「余から許可を出すことはできぬ。これは建国したときより守らなければならない盟約なのだ」 「かわした約束のためですね? しかし、僕らも神木に会わなければならない理由があります。訳をお教え願えませんか」 「できぬ。そなたらには悪いが我々の状況も考えていただきたい」 「建国したさいの過ちを繰り返さないためですか。しかし状況はまるで違うではありませんか」  王が手に取っていた果実を砕き、したたる果汁が肘まで垂れた。しかたないな、と言う視線でオリンガルが布を渡す。  王は拭きながら皮肉に顔を歪めた。 「たった数日であの量の蔵書を読破したのは褒めてやろう。しかし、そなたは優秀な学者だが、優秀な外交官ではないな」 「お気に障ったなら申し訳ありません。なにぶん、僕らも崖っぷちなもので」 「ならばわかるだろう。出身も目的も語らぬ怪しげな巫を近づけるわけにはいかぬのだ」 「巫様の身分は教皇自らが保証しておりますが?」 「そなたはやはり学者だな。結論が出た、ならば終わりと決めつける。だが世の中にはそう思わぬ者がいる。余がそうだ。余は許さぬ。そなたらが高潔な血筋であってもだ。――ならぬ」  強情な視線に二人は顔を顰める。モリトは憤ったままに口を開く。 「ボクは神木に話しを聞きに来たんだよ。どうしてダメなの? 交わされた約束はボクからも神木を守るって事なの? 誰にも会いたくないって、そう言ってたの?」 「そなたらはそう言って、我が国の神木にたびたび口をだしてきたな。ゼーローゼ達との関係はそのたびに悪くなった。全てを教団のせいにとは思うておらぬが、関係無いとは言わせぬぞ。余はこれ以上関係がこじれることを忌避する。そなたらは余を惰弱と思うだろうが、言は変えぬぞ」 「このままでいいと思ってないでしょう?」 「何をだ」 「全部だよ」 「ふん! 枯れかけている神木は世界中にあるではないか。しかし、結界が解けた事はない。神木が枯れたときすら、結界が薄くなるだけだったではないか」  しかしモリトは止まらない。鬼のような形相を正面から受け止める。 「結界を維持している力の支点は神木。もちろん端に行くほど供給が薄くなるのは当然で、そこをついて悪魔はやってくる。オンドロード領もそうだった」  力の支点が近いはずなのに、あまりにも近すぎるとモリトは言う。 「殆ど力を出してない……どころか年々少なくなってるのはファズに聞けば教えてくれるけど、そんな事してる時間は無いでしょう? 悪魔の襲撃は多くなってるから」  今回の事についての皮肉か――違う。それは事実だ。  神木が枯れた場所は悪魔がこぞって襲撃する。不思議な事に悪魔はその場所に国を作る事もなく、次の場所へ進軍する。それは集落だったり大国だったりするが、必ず短命種のいる場所だ。 「悪魔がオンドロード領を占領した大きな理由は、結界が無くなると思ったからじゃないかな?」 「馬鹿な。結界が無くなる事はない! 今まで枯れて消えた神木はあったが結界が薄くなるだけだったではないか! いかなヘリガバーム教団と言えど、世迷い言は許さぬぞ!」 「嘘じゃないよ。実際、五百年前に神木は結界に穴を開けた。違うって隠しても無駄だよ。じゃなきゃ神木がこんなに近いのに結界の力が弱い理由にならない。ここは他の大地とは違う状況になってるんだよ。だって、結界に穴が開いて、今もそれを修復してる途中なんだから」  モリトはほんの少し背が伸びた。それと同じく心が成長し――意地悪になった。  強かになったとも言えるだろうか。それは生きる上でとても大切なことだとわかっているが、複雑な思いで見つめるハルの心も知らず、モリトは意地悪な言葉を続ける。 「わかっているんでしょう? ここにあった書き物にもそう記してあったのをボクは見た。――ファズはね、五百年前のこと良く覚えてるって言ってた。ここの神木が無理矢理大穴を開けて悪魔を招き寄せたんだよね。ファズは何もしなかったって。それがその神木が選んだ事なら見守るって」 「くっ」 「その後しばらくして蓋をするみたいに穴を塞いだみたいだけど、結界が元通りになったわけじゃなく、つぎはぎみたいになってる。王城の神木は布を縫うみたいにちょっとずつ穴を塞いでるけど、当然穴が開いた場所はなにもない。蓋があるだけ」 「何が言いたい!」 「王城の神木の上には、まだ塞がれてない結界の穴が開いてる。塞いでるのは王城の神木だけど、年々力は弱くなってるって。裏側はどうなってるんだろうね。悪魔がずっと穴を開けようとしてるのかもしれない」  黙れ、と怒鳴った声はただの絶叫だ。恐怖さえ混じっているかもしれない。 「何が目的か、王国を揺らがせるつもりか!」 「目的なら何度も言ってるよ」  「王」とオリンガルが顔を顰めながら立ち上がろうとした国王の肩に手を置いた。それで落ち着いた、とは言えないが幾分か冷静さを取り戻した国王は乱暴に杯をあおった。  赤い液体が飲み下されていくのを見ていると、謁見の間を使わなかったのは取り乱すと王自身が忌避したのかも知れない。そんな気さえする動揺の仕方だった。 「ここの神木は隣接しているっ」 「それが何だって言うの? ファズが近くにいるから大丈夫って? ファズは助けない。絶対に、助けない。この土地に悪魔が来て国がなくなって誰もいなくなったとしても、もしかしたら自分が切り倒される事になっても何もしないんだ。だって、神木を枯らすような事をした者達を助ける義理なんて無いから。神木は短命種が思うようなただの植物じゃ無いんだよ。心を持ち、言葉を持ってる」 「お前なら交渉できるというのか」 「どうだろう?」 「貴様っ!」 「ボク達のお願いをずっとダメだって言ってるくせに、自分が断られたら怒るのはやめてよ」 「王、興奮なさらないでください」  青筋を浮かべた王を窘めたオリンガルも、内心穏やかでないだろう。冷たい視線がますます凍り付いていく。 「なるほど。失礼ながら巫が何をできるか見誤っておりました。ですが、ゼーローゼに神木に関する事を一任すると決めている以上、我々は何も手出しいたしません。失礼ながら既にゼーローゼは断りを入れていますね?」 「神木が枯れるとしても? 元気になってほしくないの?」 「総本山の神木が生気を取り戻したのは吉報です。しかし、巫がそれを成したとは思えないのです。神木が生気を取り戻したとき、あなた方はオンドロード領にいたと報告があがっている」  ファズは教皇ダルドの話しによって、モリトとハルの存在に気付いた。獣を待ち続けていた彼は、生気を取り戻し枯れ葉を落とすのを止めた。  しかし、短命種にわかるはずがない。 「ヘリガバーム教団が新たなステルスマーケティングを始めたと言った方が納得できます。そこはどう説明なさるおつもりか」 「簡単だよ。ファズがボクに気付いたから。だから呼ばれてすぐボク達はファズの所に向かったんだ」 「……。ダルド教皇は神木の根元で巫の話をされました。その時の神木の様子から、お二人を探すに至ったのです。時間差があるのはそのためです」  凍てつくような目が「馬鹿にしているのか」と問いかけてくる。ダグラスは後ろの様子を気にしながら言葉を足した。 「何をおっしゃりたいかわかりますとも。なぜ、それがモリト様とわかるのか? それは猊下が話されていた内容がオンドロード領から悪魔を排除した英雄達の話だったからに他なりません。話しはお聞きでしょう? 現場に王国騎士もいたのですから」 「では、巫が紋章の悪魔を倒したとでも?」 「ボクじゃないよ。一緒に悪魔は倒したけど――」 「モリト、それ以上話さなくていいわ」  視線が集まり、ハルは溜息交じりに進み出た。後頭部で結んでいた紐を緩め面を外すと生ぬるい外気が汗の滲んだ肌を冷やした。 「……なるほど、当事者というわけか」 「確認は終わったわね」 「そう言うでない、そなたもこちらに来られよ」  半眼でダグラスを見やれば、彼は後ろ頭を描きながらあはは、と笑う。嘆息したハルはモリトの脇に座り、果物に口をつけた。  齧り付けば熟れすぎた果実の甘みが舌の上に張り付く。 「なるほど、オンドロード領の英雄か。銀髪と緑髪の子供の二人連れ。確かに情報と合致しますが、オンドロード領から教団に向かったとして、どこで神木と連絡を取ったというのです。先ほど巫は呼ばれたと仰った」 「神術だよ。神木は神術を使える。いるとわかれば声は届けられるんだよ」  神術とは結界を構築している術でもある。短命種には到底真似できないものを持ち出され、流石に二の句が告げられないようだ。 「では、巫はどこから――」 「身元はもうわかったでしょう? それ以上は何の意味もない事よ。それとも、ダルド教皇の言葉が信じられず、ここまで身分を証明してもなお足りないとでも言うの? 好奇心は猫をも殺すわ」 「私は猫ではありませんが」 「格言よ。用心深い猫でも好奇心が原因で死ぬって言うような意味。……だからそんなに毛を逆立てないでちょうだい」  ダグラスは毛をなで付けたがぺたりと張り付いた瞬間に立ち上がってしまう。  嘆息を飲み込んだハルは丸焼きにナイフをいれた。中から肉汁と挟まれていた香辛料、野菜が零れ出す。 「聞いた事がありませんね」 「いちいちつっこまないで、面倒ね。詮索は終わりよ、回りくどいのも。そっちがゼーローゼに逆らえないのはもうわかったわ。わたし達の身元も証明された。怪しい者では無い。で、いいかしら?」 「……まぁ、いいでしょう」  ではもうハルのイレギュラーな出番は終わりだ。これ幸いと食事に専念する事にする。 「要求は陛下にゼーローゼとの仲を取り持っていただきたいのです。話合いの場を設けていただきたい」 「ゼーローゼは、現在ファルバが長を務めているが、断られただろう」 「ですから彼だけではなく、ゼーローゼ全体に、です。口頭で伝わるものは歪んだりするものです。ああ、ファルバ殿が虚偽をするという意味ではありません。ありませんが、感じ方によって伝える言葉に差異がでます。これは書物でもそうですが――おっと、講義になってしまいます。と言うわけで、一族全員を一度集めていただきたいのです」  おいしいよ、とハルの取り皿に薄くスライスされたパンを乗せるモリトは、にこにこしている。  これもおいしいよ、とヘーゼルナッツに似た実の入っているサブレを差し出され、そのままかじりついた。粉も飛ぶが口の中でぼろぼろと崩れ、あっという間に溶けて無くなる。あまりのおいしさにモリトの指の先まで舐め取って、周囲の大人達は不作法に苦笑したり顔を顰めた。  無心で食べる間、殆どの会話は聞こえてこなかったが、髪に隠れる耳はせわしなく動いた。 「――では、決まり次第教えてください。お二人とも、食事は足りましたか?」  お開きになるようである。  ほとんど皿の上を食い尽くしていたハルは頷いた。面を被り、きつく紐を縛る。 「ハル殿はこの後、執務室に来てください」 「モリトとダグラスはしばらくここで待っていて。すぐに帰るから」  扉が閉まるのを確認し、足音が完全に消えた頃、モリトとダグラスは顔を見合わせる。 「王様、神木に何を話しに来たか教えるよ。王様にも関係のあることだから」 「そなたの口調、どうにかならぬか。まぁいい、申せ」 「敬意を払ってほしいなら、ちゃんとボク達に協力してよ。そうしたら本当の王様として立てるかもしれないよ?」  侮られている。しかし、その言葉に食いつかずにはいられない自分が疎ましい。王は怒りと恥を感じながら問う。 「さっさと言うがいい」 「神木全てと約束を結び、悪魔をこの世界から追い出そう。ボクはそれを一つの目的にし、旅をしてるんだよ。つまり世界平和だ」 「巫殿は壮大な夢を持っていらっしゃるようだ」 「夢じゃないよ。ボクはそれをするんだ。あなたを巻き込んで、世界を巻き込んで。取引をしようよ? 欲しい物があるんだよね」  可愛らしく首をかしげる少年が、王には誘惑の悪魔に見えた。  オリンガルの執務室までは遠い。人払いがされているようだから、近くの部屋を借りるのだろうか。  その予想は半分当たった。空き部屋でも王族のプライベートルームは使えない。一番近い客室に向かうのだそうだ。 「ところで顔を隠すのはなぜです」 「会いたくない人がいるの」 「念のため伺っても? 城内に不審者が?」 「遊撃部隊のリビングデッド」  筆舌に尽くしがたい表情をしたオリンガルは足を止め、前方の扉を開いた。薄暗い客室に入り込み、きっちりと扉を閉める。 「カリオンのお知り合いですか」 「他人よ」 「ふーむ、一時彼の家に厄介になってたのはあなたでしたか。……しかし」  趣味が悪いとでも言うのだろうか。  うんざりしたハルは半眼で睨み上げた。 「最後に確認よ。あなたがルフュラで間違いはない? 遺言の女性に心当たりがあるのよね」 「ロンドネル領主から連絡は来ていました。そして彼に伝えた遺言の内容も聞いています。七人の友とはロンドネル領主が繋ぎを作り、当時懇意にしていたある高位神官と私が放った密偵です」  頷き、ハルは告げた。 「”始まりはロストロ。悪魔はもうすぐ準備を終える”」  刹那、足下が跳ね上がるような揺れを感じた。