第一話

 海が荒れている。 風は凪ぎ、怒り狂うように波が高く背伸びをした。海が荒れるのは海面だけではない。海流すら荒れ狂っている。  百年に一度の大嵐。長く生きているが見るのは三度目。しかし、怖い物は怖い。  リリエンダは暴れる海流に流されないように岩場に隠れていた。叩き付けるような海流に魚たちが流されていくし、岩も持ち上がり、土すら舞い上がっている。  ふと、頭上に大きな影がさしかかってリリエンダは顔を上げた。濁った海上に、大きな船が湖面の葉のように哀れに流されている。転覆するのは時間の問題だろう。  船は大嵐にもまれながらリリエンダの頭上をゆっくりと通り過ぎていくかに思われた。大きな風が吹いたのだろう。真上でぐらりと船は倒れ影がドンドン大きくなってくる。こうなると話は別だった。船の欠片はいつも彼女の肌に傷をつけるし、住処の真上で大破すれば住めなくなってしまう。  ありったけの魔法を込めて自分を覆うと、リリエンダは勢いよく泳ぎ始めた。  波は彼女を攫おうと、右に左に押してくる。たくみに体をくねらせながらリリエンダは海上から頭を出した。船は既に傾き、側面を海上に叩き付けようとしていた。 【浮け!】  間一髪で転覆を免れた船は発条仕掛の人形のようにぎこちなく立ち上がった。リリエンダは自分の住処か遠ざけるためにそっと海上から離すと遠くの方に置くつもりで動かし始めた。  風は強いし嵐で叩き付けられる雨粒は痛いし行く手を阻む。もう一度魔法を使って船事自分を囲うと少しだけ進みやすくなった。  魔法を使うのは本当に久しぶりで辛かったが、家が無くなるよりましだ。  そうやって進めていくと嵐の端に付いた。  きっぱりと灰色と青のコントラストが別れ、遠くには大陸の端が見える。次の嵐にはここまで非難するのも良いかもしれない。  からっとした空気に身を置きながら、良いことを知ったとリリエンダは微笑んで、船をそっと降ろした。 「待ってくれ!」  今にも船から離れそうな彼女に帆船から声がかかった。あまりにも大きな声で呼ぶものだから驚いて見上げると手すりから乗り出すように壮年の男性がリリエンダを必死に呼んでいた。 「君に是非お礼がしたいんだ。どうか行かないでおくれ」 「いらないわ! だって、あなた達を助けたわけじゃないもの」  家の上に瓦礫が積み上がると困るからこっちに連れてきただけだとリリエンダは正直に話した。しかし相手はちっとも納得せずに小さな船を出すと、わざわざ乗り込んでリリエンダのすぐそばまでやって来た。  槍を持った人間も乗っていたのでリリエンダは逃げようとしたのだが、壮年の男はそれに気づいて槍を捨てさせた。彼の隣にはもう一人、子供を抱いた女性も座っている。 「あそこに国があるだろう。私はその国王ジョセフと」 「妻のマリンダです。わたくし達を助けてくれてありがとう。あなたのお名前は?」 「リリエンダ。本当にいいのよ、助けようとしたわけじゃないもの」 「それでもわたくし達が助かったことに変わりはありません。よければしばらくわが国で滞在してください。お礼がしたいわ」 「いらないわ。見ての通り陸で生活はできないの」 自分のなだらかな尾を見せて、人魚であることを知らしめるが、 「君は魔法使いだろう? 変身出きるのでは?」  国王ジョセフの言葉にリリエンダは頷いたが誘いはきっぱり断った。嵐の後、ぐちゃぐちゃになった海を整理して、また綺麗に掃除しなければいけないのだから、ゆっくりしている暇はない。何百年か前に掃除をしなかったら海の中が荒れて大変な事になったのだ、と伝える。 「では、君は長い事生きている? 聞きたい事があるんだ」 「この子を治す方法を知らないかしら」  マリンダの抱えていた赤子を見て、リリエンダは顔を顰めた。 「この子、呪いがかかってる」 「私達の結婚式の日に、魔女が呪いをかけたんだ。男の子であれば三歳の誕生日に石になって死ぬと。もうすぐ三年経ってしまう……」 「わたし知ってる。意地悪な魔女ヴルダナがどこかの国に呪いをかけたって。……かわいそうに」  赤子の顔半分は石のように堅くなっていた。リリエンダは指先でそっと撫でマリンダから赤子を受け取った。 「名前は?」 「アルゴよ」 「アルゴ、アルゴ……」  小さなヒトデのような手がリリエンダの指先を掴んだ。 「アルゴ、アルゴ、アルゴ……。わたしあなたを治してあげる――【岩は水に落ち、苔に覆われ削られる。柔らかく流れる海流によって、全ての呪いは解け落ちる】」  海水にアルゴを半分沈め、顔に、体に水をかけながらリリエンダが唱えると、岩のように堅かった皮膚が滑らかに治り海水は真っ黒に染まっていった。  ジョセフとマリンダは震えながらリリエンダに包まれる我が子を見つめた。 「呪いはなくなったわよ」 「あぁ!! なんてお礼を言ったらいいのかっ。あなたは息子の恩人だ!」 「どんな魔女にも治せなかったのに、ありがとう!!」  二人にぎゅっと抱きしめられた彼女は照れくさそうな顔をしながらアルゴを渡すと、するすると下がった。 「いいよ、別に! じゃあわたし、もう家に帰るから」 「ああ、待ってくれ!」 「リリエンダ!」  しかし、リリエンダが潜ってしまうとあっという間に見えなくなってしまった。 「……行ってしまった」 「リリエンダ……わたくし達の恩人ね」  急いで逃げてきたリリエンダはあ、と言い忘れたことを思い出したが、まぁいいやと考え直す。  ヴルダナはしつこい女だから後々報復に来るかもしれない。が、そんなことは忠告するまでもないだろう、と。 ★★★  十五年後。 「王子! 王子!! どこにいらっしゃいますか!」  青い服を着た従者は活発で明るい――言い換えると落ち着きがない王子を探していた。今日は大事な採寸の日なのに朝から姿が見えないのだ。 「まったく成人の儀は間近だというのに。国王陛下も甘くていらっしゃる……」  ほとほと困った様子の従者を避けるように、一つの影が深い緑にうずくまるよう駆け抜けていた。銀色の髪と緑の目を持った青年で、従者の探していたペンドラ王国の第一王子アルゴその人だった。  アルゴは「そんな退屈な事したくない」と早朝から抜け出してそこら中を散歩していたのだが、流石に朝食も食べていないと腹が減る。  成長途中の青年でもあるアルゴは従者を避けるように食堂へ忍び込むことにした。  食堂は一階に使用人用のものがあり、あとは大きな調理場しかない。王族の食事は城壁内にある町のパン屋などから食品を毎日買い上げ調理したものが上ってくる。 「ベンナ! 何か食べられる物はないかな?」 「まぁアルゴ様! こんな所に入らしてないでお部屋にお戻りください! 食事はもう運んでしまいましたよ。従者が探していましたが?」 「だって服の採寸だぜ? そんなの一昨日もやったのに必要ないさ。それより頼むよ! このとーり! お腹すいてるんだ」 「まったく、仕方のない王子だこと……」  ベンナと呼ばれた婦人はまるっと太った体を揺すりながらバスケットを取りだした。そのままパンを取りだしてかぶりつく王子を見て「お行儀が悪い!」と言うように顔を顰めている。 「これを食べたらお部屋に戻ってくださいよ」 「わかったよ、ありがとうベンナ!」  素直に戻る気のないアルゴはパンを飲み込むと、厩に寄って愛馬を引っ張り真っ直ぐ城下へ向かったのだった。  アルゴは国が好きで、町が好きで、人が好きだ。城下の人に交じって買い物をして可愛い女の子を口説き、祭りに混じって踊ったこともある。  ペンドラ王国は海沿いにあり、漁業の盛んな国だった。十五年前に起こった大嵐のときに海は大荒れになったが、もうすっかり元に戻っているし、それ以来波が荒れたことなどない。近隣国には不思議に思われるほど穏やかな海を持つ。 「ふはぁ!」  城下を抜け港を突っ切ったアルゴがたどり着いたのは秘密の場所だ。岩と崖に隠された洞窟を抜け、船も通れないような小さな浜辺。そこには旅の魔法使いに貰った特別なインクが置いてあった。  インクを大切にかき集めると、もうすっかり中身はなくなってしまった。これが最後になるだろう、とアルゴは丁寧に手紙を書き始めた。そして大きなボトルに招待状を一緒に入れて蓋をすると海に流す。  ボトルはしばらく海に浮かんでいたがインクが光り出すと風もないのに進みだす。 「今年こそ、来てくれればいいんだが……」  毎年何通も送っているが、返事が来たことは一度もなかった。招待状を渡しても来た試しもない。そもそも届いているかもわからないが、手紙を届けられるような人じゃないからこうするしかないのだ。  祈るような気持ちで海面を見た後、アルゴは城に戻ることにした。  そのすぐ後ろを見つめる視線に気づかずに。  海面をたどり無理矢理ボトルを奪った魔女は、中身にさっと目を通し手紙を戻した。ボトルはそのまま流れに乗って下へ下へと進んでいく。透視の魔法を使った魔女は最後にたどり着いた先にいた人魚が手紙を読んで仕方ないな、と言うように苦笑するのを見つけてにたりと笑う。 「やっとこの時が来たか、まったく手間をかけさせて! 目に物見せてやる、海の魔女め……!!」  人魚がせっせと動くのを見ながら魔女ヴルダナは魔法で姿を消した。 ★★★  百年に一度の大清掃が終わって、暇に暇を重ねて十五年経った。 「いやぁ、でもいいのかなぁ……」 「いいのいいの! それに当番が終わったんだから好きにしなさいよ!」  人魚仲間のヒルディとリリエンダは仲良く座りながらお喋りをしていた。百年に一度の大掃除が終わって、ようやく海流を正常に保つ当番が終わったリリエンダは、故郷に帰れることになった。人魚の国では古くから海を見守っていて、嵐などで海流が乱れてしまったとき、流れを元通りにする当番が決められていた。 「でも引き継ぎとかなくて良いのかな? わたし、もうちょっとならここら辺いてもいいよ?」 「いいのよ! だって、ここの海域を任せられる人がいなくて四回分も余分にやってくれたんだから! それに素敵な出会いがあるかもしれないじゃない」  招待状を眺めていたヒルディは張り切って微笑んだ。 「私が魔法をかけてあげる! 人間になる魔法は自分じゃかけられないし、とびっきり綺麗に着飾れば良いわ。あなたの止まっていた時間も動き出すんだから。きっと良い思い出になるわ。助けた人間がこんなに手紙や素敵な招待状をくれるって滅多にないのよ!」 「一通も返してないのが気になるけど……。それに何百年も生きていると今更時間の流れに戻るのは変な感じ。ちょっと照れくさいわ」 「魔法の力はなくならないしね。とにかく髪を綺麗にしてドレスは、私が持ってるのをあげるわ! 陸に上がるなら服がいるもの」 「わたしも持ってるわよ?」 「どうせ古いのでしょ? それじゃ浮いちゃうわよ」  確かにその通りだったのでリリエンダは甘えることにした。二人でお化粧と洋服の話をして、あっという間に当日になった。  抱えるほど小さかったアルゴがもう成人式だなんて、時が経つのはとてもはやい。  リリエンダは陸に半身を出した。肌に流れる玉の水がしとしとと砂浜をぬらし、鱗が月光を反射する。 「行くわよ、リリエンダ! 【月はきらめき、華は踊る。形をかえよ、人に変えよ】! さあできた! これを着て!」 「ありがとうヒルディ」 「大陸はいろんな物がたくさんあるわ。楽しんできてね」  微笑んだヒルディはリリエンダを見送ったあと、うっとりと頬を染めた。 「それにしても、十年も手紙を送り続けるだなんて、情熱的。これを機に人間との恋愛が開放的になると良いんだけど」  人魚界に激震を走らせた人間の王子と人魚の悲恋は何百年経った今でも尾を引いている。人と人魚は婚姻を結ぶことはなくなり、陸との距離は一気に離れた。 ★★★  二本脚で歩くのは本当に久しぶりだ。大昔は時々こうして歩いていたが、すっかり止めてしまった。ぎこちなかった歩き方は城に着くまでにはなめらかになっていた。  柔らかな明かりが漏れ、人々がくるくると踊っている。整えられた木々に、噴水に、大陸の人間がたくさん歩いている。それは城下の住人達が集まっているからだが、リリエンダにはわからない。  招待状を貰ったが、もしかしたらいらなかったかもしれない。ポケットにしまい込んだリリエンダは踊る輪の中から伸びてきた手に攫われた。 「え、えっ」 「おや、踊ったことがない? 珍しいお嬢さんだ」  そう言って相手は快活に笑いながらリリエンダを更に引っ張って腕の中に閉じ込めた。 「手はここ、視線はこっちで脚はこうだ。右、右、左回ってもう一回右! これの繰り返し」 「ま、待って! 早い!!」  回ることはリリエンダには難しかったし何度も躓いたが、しつこい男はリリエンダをくるくる回らせるのに夢中になった。男が踊るのを止めた頃にはリリエンダの息はすっかり切れ、疲れ果ててしまった。  踊る輪から離れて一人座り込んでいると、カップになみなみつがれたジュースを差し出される。先ほどの男がどこかのテーブルに行って持ってきたらしい。 「ごめん、ちょっと回しすぎたみたいだ。オレンジジュースは好き?」 「好きだけど、もう踊らないわ。もっと行くところがあるし」 「はは! 本当に悪かったって。君は見ない顔だね。城下の外から来た?」 「そうよ。陸に来るのは久しぶりなの。最初はアルゴ王子の顔を見るのよ。小さい頃に一度見たきりだから、どうなってるかわからないけど」  王子の顔を見たら、しばらく陸をぐるぐる回るのもいいかもしれない。  裸足で踏む、柔らかな草の感触も、陸の動物たちや土の香り。久しぶりの陸はリリエンダの心を躍らせていた。 「なるほど、王子の顔を見てどうする?」 「どうするって? 見るだけだけどダメなの?」  はて、何かあっただろうかと招待状を取り出そうとした手は男に捕まれた。なぜか視線はうんざりしたような物に変わっている。 「じゃあ君もお后に立候補ってこと?」 「え、何それ?」 「知らないの? 今日は王子の成人式と未来のお后捜しを兼ねたパーティだったってわけ。身分は関係ないみたいだ……」 「へー、王子様って選び放題なのね、凄いわ」 「凄いもんか! 当日突然知らされたと思ったら国外からも候補はくるし、場所は分けてるけど国民からもね。おかげで朝から晩までいろんな女性と喋って退屈な話をしなきゃならないって……あぁ、そう言う話だ、うん。王子がそう言ってたんだ」 「何だか大変そうね。じゃあ、わたしが会いに行くのも悪い気がする。遠目で見て終わりにするわ」 「ああ、それが良いと思うよ。……じゃあこれで――」 「ねぇあなた、紙とペンを貸してくれるところを知らないかしら。王子様に手紙を渡したいの」  去りかけの男はそう言って不思議そうに立ち止まった。 「君が? どうして」 「ずっと手紙を貰ってたけど返事を書けなくて気になってたのよ。そういう事なら合うより手紙を返した方がいいと思って」  男は更に困惑したように上から下までリリアンだを眺めると、 「君が王子に手紙を? 妄想じゃなくて? 王子は君のこと知らないと思うけど」 「違うよ、妄想じゃないわ。失礼な人! まぁ王子はわたしの事知らないと思うし、わたしもあったこと無いのは確かね」 「だとしても、返事を書けなかったのはなぜ?」  どうやら男の不信感をあおったらしい。  やけに食い下がってくる、と思いながらもリリエンダは正直に話した。 「人魚だから海に住んでるの。海の中じゃ紙もペンもないし、インクがあったって蓋を開けたら流れて行っちゃうでしょう? 今日は成人式の招待状を貰ったから最後に顔を見ておこうと思って。あ! そうだ、招待状の裏は真っ白だったから、それに返事を書いて届けて貰おう! あっちでペンを持ってる人を見たの、わたし行くわね」 「まって! その招待状を見せて欲しい」 「いいけど……」  ポケットから取りだした招待状を舐めるように見つめ、何度も何度も確かめるように振ったり火にかざした男は感極まったように抱きついた。 「リリエンダ!」 「え? わたし名乗って――わぁ!? まって、そんなに早く歩けない!」  突然抱擁して、突然離して走り出した男にリリエンダは慌てた。足はほんの少し前に作ったばっかりだし、踊り回ってくたくたになっている。  男はうんざりした様子から一変して、輝かんばかりの喜色を浮かべリリエンダを抱き上げた。酢を飲んだような顔を上げてリリエンダは叫ぶ。 「ちょ、ちょっと高い! こ、怖いっ。降ろして!」 「ごめん、でも合ってほしい人がいるんだ。ファストフ! ファストフ!!」  闇を突き抜けるような大きな声は辺り一面に広がって、やがて一人の男が人の中から現れた。駆け足の男に続くように歩幅を合わせながら全身を見回してしかめ面をする。 「全く! どこへ行っていたかと思えば供用広場だったんですね! その庶民用の上着を脱いでください! あとそちらのお嬢様は?」 「わかった、脱ぐから引っ張るな! 彼女を落とすだろう!」 「わたし、落とされたい!」 「だめ。スピードを上げるからしっかり捕まって」  男はしっかり首にくっついていたリリエンダを器用に回しながら上着を脱ぐと、立派な深い青と緑の衣装が現れた。  それと同時に過ぎ去る人々が一斉に道を空け、好奇心を讃えた眼差しを後ろ姿に注いでいく。 「ああ、この男は僕の従者でファストフ。きっと顔見知りになるから覚えておいてくれ」 「え!?」 「父上! 母上!!」  ドアマンが恭しく扉を開けるのも待てないと言うように、薄く空いた隙間から見を乗り出した男は大きく叫んだ。  鳴っていた軽快な音楽もダンスも全て止り、男が中央で踊っていた男女に近づくと、再び人々は道を譲る。 「どうしたんだ、こんなに騒がせて」 「そちらのお嬢様は?」 「僕達の大切な人!」  子供のように無邪気に笑いながら、獲ってきた獲物のように抱え上げられたリリエンダを見て、彼らは息を飲んだ。リリエンダも彼らと、自分を抱える男が誰かわかったので半笑いになる。 「リリエンダ!」 「ええそう、そうなの。お久しぶり。十五年ぶりだよね。それは良いけど、これ本当にあなた達の息子? 最初にあった時はぐったりしててぴくりとも動かなかったけど、すっごく元気! ねぇ、親ならこの子にわたしを降ろすように言ってくれない? あと、くるくる回すのもよして」 「そう、そうなのよ! あなたが呪いを解いてくれたから息子も元気になってあちこち遊び回っているのです」 「やっと城へ来てくださいましたな。さぁこちらへ」 「う、うーん。そういう事じゃなくって……」  ニコニコ笑う夫婦とちっとも言う事を聞かない王子アルゴと共に上座にあがろうとしたリリエンダは、冷たい空気が入ってくるのに気づいて顔を上げた。 「リリエンダァとアルゴ王子!!」  憎しみを宿した声が木霊すと共に、暗雲が立ちこめた。  現れた女は真っ黒に着飾り額に大きな宝石の付いたサークレットをしている。その姿に見覚えがあったリリエンダは呟いた。 「ヴルダナ? あなたも招待されたの?」 「されてないけど来てやったのさ! 十五年前、よくも私の邪魔をしてくれたね。この魚風情が!」 「人魚よ! ……あら、魚だわ。わたし魚だけどそれがどうしたの?」 「きぃいいいい!! この十五年、お前が陸に上がるのをずーっと待っていたんだよ。私の邪魔をした馬鹿な人魚に復讐するためにね。【奪え、与えろ永遠なる苦しみ! 人魚の苦しみを】 あっはっは!」  ヴルダナの両手から黒い煙が吹き出しリリエンダの首に巻き付いた。 「海に近づけばその足が針を踏むように痛み、仲間を呼ぶ声も奪った! 解くには真実の愛が必要だが、この陸地で人魚のお前に恋などできないだろう! 孤独の中で死に果てるがいいさ!!」  ヴルダナは意地悪く言うと黒い雲と共に消えてしまった。あっという間の出来事に目を丸くしていたリリエンダはぱくぱくと口を開いた。本当は「凄い意地悪な呪いだわ!」と言ったつもりだったのだが。  アルゴはぱくぱくしているリリエンダを見て真っ青になった。そして、呆然と振り返った両親も青ざめ今にも卒倒しそうになっている。 「父上、僕は彼女を部屋に運びます」 「ああ……ああ、それがいい。皆、今日は解散だ」 「ごめんなさいリリエンダ、息子を助けて貰ったのに……」  そんなに落ち込まなくても良いのにと思ったが、リリエンダには伝える術がなかったので口を閉じた。