幸せなコト
それは朝のことだった。 まごう事なき朝だった。 太陽が山の頂上から顔を出し、山なりの銀糸がくっきり浮かび、ニワトリがコケコー! っと鳴く朝だった。 ゆさゆさと揺すられ彼は呻いた。昨日は徹夜で眠ったのはつい今し方で、起こそうとする手に彼は抵抗して布団に潜り込んだ。 すると、今度は体を揺すっていた手が激しくなり、彼はさらに身を丸くして抵抗した、しまくった。揺すっていた手は次第に疲れてきたのか力が弱くなり、今度は布団の端をめくって手を入れてきた。ちょうど彼の頭に手が当たり、指先が前髪を優しく撫でる。心地いいそれに、彼の眠りは深くなりかけたのだが、それを察知した手の平が、乱暴にかき回した。 今度はぐりぐりと頭を揺さぶられ、彼はうんうん声を上げながら、己を起こそうとしている刺客の手を引っ張った。 「え?」 ちなみにこのとき、彼の頭の中では先ほどまで書いていた小説の主人公達が押し合いへし合い押しくらまんじゅうよろしく攻防戦を繰り広げていた。 タイトルは未定。 内容は探偵小説の王道だ。 夢の中のキャラクター達が犯人と人質に取られた大富豪の子どもを追いかける。一人が飛びかかって押さえつけ、 「わっ!?」 探偵役が子どもを守る。 「ぶふっ」 子ども、母親に引き渡されぎゅっと抱きしめられる。 親子泣く。 「――――っ」 犯人が捕まって大円満。 そしてそれらを傍観するような視点で彼は夢を見る。 よかった。 ハッピーエンド。 なんだか大円満で終わったこと以上に嬉しいなにかを感じながら、それを変だと思いながらも彼は腕の中の小さな抵抗を抑え込んで、暖かくて軟らかい物体にすりすりした。しまくった。号泣する母親が子どもの頭を撫でるように、勝手に手が柔らかい髪を撫でていた。 肺から絞り出したようなうめき声が聞こえた気がしたが半覚醒の脳みそは、綺麗にシャットアウトして、すりすり虫はすりすりした。なんだかすごく幸せだった。 ★★★ 腕の力が完全に抜けきったのは昼近くになってからだった。 徹夜をしている雇い主のために食事を作ったニーラは部屋を訪ねたのだが、目的の人物はベッドの上で倒れ込むようにねむっていた。そして、うんうん呻いていた。 たびたび精神的なストレスと度重なるストーカー行為で家主は酷くうなされる。今日もその類かと思って起こそうとしたのだが、思わぬ抵抗にあった。 ベッドに引きずり込まれてどうしようと考えていると、ニーラは新たなことを発見した。 うめき声が小さくなり呼吸は正常。表情は、顔色は悪いが穏やかになっている。 なるほど、そうか。 家主が聞けば冷や汗を流したであろう呟きを零して、ニーラは至極あっさりと頷いた。 うなされたときは、起こすよりもこうする方が効果的なのだ。 ならば答えは一つとばかりにぺたりとニーラは張りついた。張りつき虫はしっかり胸板に頬を寄せもそもそと密着する。 夕刻が過ぎて夜の帷も落ちた頃。 ニワトリに匹敵する悲鳴を上げることになる家主は、まだ夢の中。