雨とわたしと彼とミチ

 たくさんの出会いと別れと交わした言葉、一緒に見た風景とか、思い出、過ごした日々はあっと言う間。  出会いの一年は神風のようだ。  誰かがそう言ったのをふと思い出す。  唇に調子の良いリズムを口ずさみながらコンクリートに固められた路地を歩く。  相変わらずの雨の水無月は透明なビニール傘に雲間の光をあつめた雨粒を叩きつけていた。  たたたた……という雨音に軽快な音に水たまりをまたぐ足が勢いづく。  世界は灰色に塗り固められたって感じで六月はうんざりする。なにもかもやる気がなくなる、などと言う人もいるが、わたしはこの季節が好きだった。  本物の灰色は冬だと思う。でも今の季節にはまだ植物が残されていて、雨が上がれば青空が広がるのだ。  空は好きだ。雨上がりに見る虹も、雲間から射す光も好きだ。そんな風景を「天使の椅子」と称した人がいた。その人はとてもロマンチストだと思う。雲によっこらせと腰掛ける天使は綺麗に違いない。なぜかよっこらしょと椅子に座る自分の父親が浮かんだので慌てて頭を振った。 「きれいだなぁ」  立ち止まってビニール越しに上を向いた。雨に歪んだ空は灰色だが、万華鏡だって似たようなものだろう。 「なにがきれいなんですか?」  たたたた……と雨に叩かれる音が一つ増えた。  振り返ると見知った人――といっては良いのかわからないけれど――が立っていた。相変わらずの礼服姿で緑色の傘を差している。 「そら、が、きれいで……。あの、どうしてここにいるの?」 「そろそろ学校が終わる時間だと思って会いに来たんです」  それはすごいどうしてわかったんだストーカーですかと胸中で叫ぶだけにとどめたわたしは、ゆっくりと近づく彼を凝視した。 「私もこの季節が好きですよ。雨上がりの虹も水たまりに映る空も、もちろん今も。特に雨の日は大好きです」 「あ、気が合うね! わたしも好き。でも、若葉の芽吹き色も好きだよ。アジサイもそうだけど芽吹き始めの色はいきがよさそうだし。あなたの髪の色もそうだよね?」  きょとんとした彼は、はにかんだようにわたしの一歩手前で止まった。それは他人にしては近すぎて、恋人にしては少し遠い距離。 「一緒に帰りましょう? といっても、さやかさんのご自宅までお送りするって意味になるんですが」 「いいよ。そうだ、この前貸した本の続きが出たから買っておいたよ。部屋にあるから上がってく?」 「はい」  にこにこと笑う顔はどこからどう見ても人間で、それがあんな蛙になるなんて誰が思うのだろう。思いつきもしないんだろうなぁとしげしげ見上げると「なんですか?」と嬉しそうに顔を覗き込んでくる頭に目がいった。実にやわらかそうな――いや、やわらかいのだけどね――髪だ。  その事を伝えると触ってもいいというので、しっかり触れさせてもらった。  もう一つ、わたしが雨が好きな理由。それは水たまりの向こうからこの人が会いに来てくれるからだなんて乙女チックなことを思ったわたしは、愛人に昇格していたジョニーに申し訳ない旨を胸中で囁いた。