クリスマスが明けるまで
クリスマスになると決まって特別な夢を見る。何で正月じゃないんだろうと思いながら、今年も布団に潜り込むとすぐに眠りがやってきた。 夢の中の私には実態がないけど周りの物には好きに触れたりできる。意識しなければ壁を抜けてしまうけれど。それから空も飛べるし、味覚も寒さも感じる。けれどその感触はちょっとだけ遠くて、薄い膜ごしに触っているような感覚。 そして、夢の中の私はたくさんの事件に出会う。 それはすれ違いから分かれようとしているカップルを見つけたり、夜這いをかける不届き者を見つけたり、雪に埋まって今にも死にそうな人を見つけたりと様々だ。 今日は何があるんだろう。 夢の中の世界は毎回同じだった。雪が深く、急な屋根。石造りの家は綺麗に並び、街の人達が外に出てお祭りをしている。 毎回、少しずつ変わる催しを探すのが楽しくて、ちょっとだけわくわくした私の目にとてもたくさんの明かりが灯る城が映った。 あの城も毎年違う催しを出していて楽しいのだが、私の気分は急降下。何か違和感を感じたのだ。そういうときは、決まって良くないことが起こる。 放っておくのも気分が悪いので仕方なく城に入り込めば、真っ赤な絨毯に整理された調度品、綺麗な壁。楽しそうな音楽とお喋りが漏れる部屋にたどり着いた。 まっすぐ壁を突っ切ったので十秒も経ってないだろう。頭上から踊っている人々を見下ろしながら違和感がちょっとだけ不安に変わった。こういうときは危ないことが起こるのである。 きょろきょろと周りを見回せば不自然に揺れるシャンデリア。それをつる巨大な鎖の一部に深い切れ込みが入っていた。このままだと下にいる人に落ちてしまう。傷がついてひびがはいり、それが広がってしまったのだろうか。 けれども直す工具もないし、今にも落ちそうだ。 さて、どうしようか? と首をかしげたとき、嫌な音と共に鎖が切れた。 あ、と下を見れば、驚いた男女が立っている。私は素早く落ちるシャンデリアをつかむと、彼らに当たる直前で持ち上げた。 (うーん、グッジョブ!) 男性が女性を庇うように伏せているのに親指を立てながらゆっくりとシャンデリアを会場の端っこに下ろすと、切れてしまった鎖部分を持ってきて彼らの前に置いた。 また傷んでる物があったら危ないだろうし。 私はそのまま城の中をぐるっと回ることにした。ちなみに城の中で毎回行くのは厨房である。 今日も「お好きにお取り下さい」と書かれた紙の上にのったお菓子の籠を発見すると中からキャンディを一個取り出し口の中に放り込む。 (まずい!) ぺっとゴミ箱に吐き捨て次の飴へ。いつもならもったいないのでやらないがここは夢だ。夢の中でまで不味い物は食べたくない。 いくつかある中でほろ苦いなめらかなチョコレートとミルクが混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でる至高の一品を見つけて私は浮かれた。去年はどれも不味くて、腹いせにクッキーをごっそり持って行ったのだ。 よく見ればたくさん入っているのでポケットいっぱいに詰め込んで、籠の横にあった紙に「飴おいしかった!」と書き込む。これは厨房のコックが感想を貰うためにおいてある物で、ご自由に感想をお書き下さいというやつだ。 私は上機嫌で城を回り、イルミネーションやツリーを見ると街に戻った。街の装飾もなかなかの物で大通りを外れたちょっとした場所でも可愛い飾り付けなどを見つけられるのだ。すごいぞ、凄いやる気だぞ。 それからちょくちょく迷子と埋もれた人や、滑って転びそうな妊婦さんを助けたりした後にゆっくりと空が明るくなってきた。 夜明けだ。 夢が覚める時間が来た。 私はゆっくりと目を開けた。 ★★★ 「怪我はないか」 「ええ、あなたが庇って下さったから。でも、さっきのは何? 突然シャンデリアが動き出して……」 「大丈夫、あれは精霊様だ」 そう言って男はぎゅっと女性を抱きしめた。 「聖夜の夜にいつも遊びに来るんだ。この日に事件があっても絶対に誰も死んだりしないんだよ。毎年遊びに来るって言っただろう?」 「それって、大司教様が召喚の儀式を行ってやってくるっていう? ただの噂だと思ってたわ」 「いや、本当だよ。今年も無事に召喚されたみたいだ。今頃厨房のお菓子がたくさん無くなってるよ。……それにしても、この鎖は故意に切られた物か……。誰がやったかあぶり出さないといけないな」 そう呟いた彼は周囲のざわめきを一掃するように声を上げた。 ★★★ 「うー、おっはよー!」 私はそう言って欠伸をかみ殺した。 厨房から貰ってきたお菓子は迷子その他もろもろの事情のせいで一つ残らず無くなってしまったので、夢で食べられたのは最初の一つだけだった。 毎年飴を食べようとすると事件が起こるのだ。そして、騒動の中で落としたり、何となく上げてしまったりして無くなってしまう。 まったく、たくさんとってもとってもきっちり無くなるってどういうことなんだ。 (もっと食べたかった……) せめて夢の中では体重を気にせずに……などと呟く私は気づかなかった。額にうっすらと浮かんでいた模様がゆっくりと消えていくことを。 そして、一番最初に助けたカップルの服にそれと同じ模様が刺繍されていたことも、召喚の議と言うのがその国が出来てから続いている精霊信仰で、聖夜の夜に行われる厄払いであることも私は知らない。 ふと、横を見れば黄色い包みが。これはもしやサンタクロースが! と興奮しながら包みを開けると、欲しかった最新版の音楽プレイヤーが入っていた。色も好みである。 「ありがとーサンタ!」 そしてその礼を言うべく部屋を出た私はまっすぐ下に下りるとサンタにお礼を言ったのだった。 そしてその後、とある世界のとある国で粛正の荒らしが吹き荒れたことも、私から飴を受け取った人が今年のハッピー賞を貰った事も、飴を作った料理長がちゃんと籠の飴が無くなっていることと、去年は何も書かれてなかった紙に書かれた一言に号泣していたことなども知らない。 聖夜には不思議な事が起こるらしいってことも私は知らないのだ。