バレンタイン
ヨルヒは今日という日に震えていた。今日という日が誕生させた者達を過去に戻って燃やし尽くして根絶やしにしたいと祈るくらい憎んでもいた。 先ほどからコンコンコンコンなるのは家中のあらゆる壁という壁だった。もちろん呼び鈴は鳴りっぱなしだし、カーテンを引いた窓は板をはめて釘で打っているのにも関わらず、釘が抜けそうな勢いで振動している。すでにガラスは割られているのではないだろうか。 怖い怖い怖い。 自室で小さくなって丸まっていると、気遣うようにランプを持ったニーラが肩をたたいた。 情けない悲鳴を上げながら飛び上がったヨルヒの腕をつかんだニーラはそのままキッチンへと移動する。その間にも来訪者は壁や窓やドアや呼び鈴をたたきまくっていた。そろそろ警察を呼んでもいいような気がした。 「こちらですよ、先生」 こんな時じゃなかったら手を繋いでることに舞い上がっていたのにヨルヒは三歳児よろしく半泣きになりながらがたがた震えている。 ニーラはキッチンの収納スペースである大きな床板を外し、中へ入るいるように促した。ヨルヒが入るとニーラもその後に続き、はしごを下って中に降りる。 貯蔵のために広いスペースを用意していたそこは、保存食品を大量に詰め込んでも、まだ空きがあった。 中は寒くて震えていると、ふわりと首に巻かれるものがある。 風邪を引きますから。そう言って、ニーラはちょっと目を泳がせながらマフラーをヨルヒの頭の後ろできゅっと縛った。柔らかい毛糸のそれはふわふわとしていて、でもちくちくと頬にふれる。 「クリスマスにマフラーはいやでしょう?」 ばつの悪そうな顔をしてニーラは言った。去年のクリスマスはひどかった。例年通りにケーキやマフラー、セーターなどが送りつけられてくるのはいい方で、中には隠し撮りされた写真や盗聴器付きの贈り物、人間が入っていて、危うく刺されそうにもなった。 「編んでくれたの…?」 「大事にしていた毛糸のセーターが、古くなってしまったと言っていたので、マフラーにしたんです。新しい毛糸と混ぜれば大丈夫かと思って……。大切なものだったんですよね? 本当はクリスマスにしようかと思ったんですが、あの状況を見たらとてもじゃないけど渡せなくて…」 毛糸のセーターはヨルヒの亡くなった祖母が編んでくれた物だった。でも着られなくなってしまったから、仕方なくゴミの日に出したはずだった。 「ありがとう」 胸がいっぱいになってそれだけ言うのがやっとのヨルヒに、とどめを刺すがごとく、はにかむように笑ったニーラはそのまま固まる彼の手を引いて、奥へと導く。 先には座布団が二枚とこたつが一つ。配線を引っ張ってきたらしく、電気カーペットまであり、他にもミカンやお茶の道具などが一式そろっていた。 「ここなら外の音も滅多に聞こえませんよ」 こたつにヨルヒを押し込んで、向かい側にニーラは座る。小さなこたつでは足がふれあってしまってどきどきしていると、ほかほかの蒸気が上がる湯飲みが渡される。なんだか大晦日に戻ったような気がしながら口をつけると、口の中いっぱいに甘い香りとチョコレートの味が広がった。 「チョコレートってこうやって飲む物もあるそうなんです」 このまま死にたい。 おいしいですかと問いかける声に頷くことしかできなくて、身もだえるような喜びを感じながら永遠にこのときが続けばいいのにと、現金なことを考えた。