ボクも

 口喧嘩から数日経った。  あれから――いや、オンドロードを去ってからモリトはずっと何かを考えているようだったし、ハルはそれを見ながら何も言わなかった。  昼。  根を張る前の精神体には本当の体を入れることが出来る。  精神体を解いたモリトは赤い果実からにょきにょき芽を出した姿で、神木の実フリュイはつやつやの果実だ。それがぷかぷかと神木の根が囲う中で、水に浮いている。見ていると、モリトがそろそろとフリュイから離れている。恥ずかしいのだろう。ハルから見たら美味しそうな果実が水で冷やされているようにしか見えないが。  フリュイはまだ芽吹いてないため自我はなく、眠っている状態だ。十分な栄養と水を補給して、外に出たくなったら芽を出すだろう。それが十年後か千年後かはわからないが。  ついでとばかりに鼻先を突っ込んで、冷水を飲む。ハルの鼻先をつっつくようにモリトが当たってくるのを無視していると、かすかな足音に気づいた。 「食事を持ってきました」 「わざわざ、ありがとうございます」  教皇自ら食事を持ってくる事になったのは、ハルとモリトが神木の洞に住み着くからだ。遠くに狩りに行けばまかなえるものの、ファズは養成しなければならないと許さなかった。  本性のまま言葉を話すハルを、ダルドは時々切ないほどの懇願を乗せて見ることがある。 「食べられない物はありましたかな」  今までネギ科から穀物まで幅広い食事を出されてきた。今日の昼食は辛子マヨネーズの入ったサンドイッチ。具は様々あり、野菜中心であるのは教会のためか。それから肉の塊を一つ見つける。野ウサギだろう。  夕食用にとっておくか迷いながらハルは受け取って頷く。獣は確かに猫科の動物だが、ネギ類を食べて死んだことはない。 「平気よ」 「ところで、ハル殿に会いたいと神官達が申しております」  最初の砕けた口調は一変し、ダルドはハルにも敬意をもって話すようになった。それはファズの言葉のせいだろう。ハルは神木と同じ神々が作り出した物と彼の中で認められたのだ。  ファズの元を訪れたのは何人もの神官達が見ている。誤魔化せることでは無いし、それ以上広まらないよう口を止めさせる必要があった。  ダルドは神官達に、神木が呼んでいた人物は二人で間違いないこと。そしてしばらくの間、神木と共に生活をする事を話たのだそうだ。  詳しい話はわからないが、政治的にも極めて重要な機密事項に盛り込まれたらしい。高位神官らはハル達に面会を求め、様々な情報を引き出そうと手ぐすね引いて待っている。 「断ってください。誰とも会いません」 「しかし」 「必要ないでしょう? それとも、あなた達の枠組みにどうしても入れなければならない理由があるって言うの? だったら説明してちょうだい。納得できたら考えるわ」 「……。わかりました。……それであの方は未だにお怒りなのでしょうか」 「怒るも何も、前と変わってないわ。あなたが少数に伝えた事も、仕方ないと納得したし」 「では、なぜ姿を現してくださらない……」  話す必要がないからだ。  しかし、ここで真実を告げればダルドの心が壊れてしまうだろう。教皇という立場のせいか、生来の物かはわからないが彼はひどく神木に傾倒している。全てを捧げてもいいとすら思っているだろう。  もしかしたらそのせいで、余計に出てこないのかもしれない。  そんな事を考えていると、手がもぞもぞと痒くなった。心なしか、歯もむずむずする。洞に籠もっていたため、一度も狩りをしていない。思わず開いた口から伸びた犬歯を擦るように歯ぎしりすると、ダルドは威嚇されたと思ったのか後ずさった。 「怒ったわけじゃないのよ」 「……次は硬い骨も一緒に持ってきましょう」 「すごく、ありがとう」  ダルドに別れの挨拶を告げると、彼はゆっくりと去って行った。  教皇を小間使いにするのも何だかおかしな感じだが、狩りをしなくなった自分が少し落ち着いてきているのをハルは感じていた。今ではダルドの足音が聞こえると自然と耳が動き立ち上がっている。  まるで、父親を待つ子供のようだ。  洞に帰って食事にすると必要以上にぼろぼろにして食べてしまう。やはり指先が痒い。だが、どうすればいいのか分からず途方に暮れた。  こういうとき、獣はどうするのだろう。地面を掘るのか、そこら辺の木に噛みつくのか、全くわからない。 「ハル、これを囓りなさい」  ひたすら肉球を合わせて気持ちを紛らわせていると、太い枝を抱えたファズザラーラが現れた。 「それ、ファズの枝じゃないの?」 「いいさ、昔はこうやって、いらない枝を折って獣達にあげてたんだよ。今じゃ枝を折ると短命種が騒いで拾っていくだけだから」  神官の杖とか聖物として奉納されている気がする。「いいの?」と小首をかしげるとデレデレした表情でずいずい押しつけられる。 「貰ってくれるとうれしい。……それに、なつかれてたまるものか」 「え?」 「なんでもない。それより毛並みがよくなったね。ふわふわする」 「たくさん眠ったらなったのよ。モリトとフリュイはどうしてるの?」 「まだ水浴び中」  二人っきりで水浴び――というか冷やされる果物みたいだが――してる果物二つを思い浮かべてハルは和かな気分になった。夕方にはつやつやになって帰ってくるだろう。  顎を全開にして噛みつくと、枝は堅かった。粉屑がぽろぽろ零れるが、口のうずきがなくなるようで夢中になった。背中に乗ったファズが上半身をべったりつけて毛並みをもふもふしているのも気にならない。  モリトを見る目は慈愛に満ちているし、ハルは隙あらばもみくちゃにされ、フリュイは大切にされている。  久しぶりに出会えた同胞と懐かしい者に会えた反動とも思えず、ハルは聞いた。 「ねえ」 「なんだい?」  うっとりと毛並みをなでさすっていた彼は顔を上げた。 「子供が好き?」 「大好きさ!」 「……ダグラスにはああ言ってたけど、枯れなかった理由は、他にもあるんじゃ無いの?」  指先が後ろ足からゆっくり背中に移った。 「賢い子だ。……。もちろんダグラスに言ったことも本当。全部じゃ無いけどね。私はね、いつか獣が訪ねてきて、子供に魂を入れてほしいって言われたときのために残ってた。これが一番の理由」 「どういうこと?」 「獣はつがいと子供をつくるけど、それには魂が入ってないんだ。だから私達が神様にお願いして入れて貰う。すると子供は魂をもって生まれる。魂がないと子供は死んでしまうからね。神木と獣は切っても切れない縁で結ばれているんだよ」 「わたしも?」 「そうさ。君のお母さんがレイディミラーに頼んで、彼女は神様に願った。神様は君をお腹の中に入れ、こんなに可愛いテールが生まれた」  面映ゆい気持ちになって、紛らせるようにハルは木の枝に噛みついた。  ふと、ハルは思う。  神木は獣に花粉を運んで貰ってフリュイを作る。そうやって力を合わせて子孫を残してきたのだそうだ。どちらが欠けても種族は滅びる。だからレイディミラーは花粉が入った箱をハルに渡し、ハルは無事に届けた。  しかし――。 「花粉を運ぶ事なら、誰だってできるんじゃないの? 蜂とか。本当にわたしにしかできないの?」 「短命種に運べるわけないじゃないか。あとモリトもだめだよ。成木になる前に口付けに関する事は教えないからね」  では、風に乗って運べばいいんじゃないかと提案したら破廉恥だときつく怒られた。  どうやら人間で言う精液や卵子をまき散らしているような物らしい。確かに破廉恥というか……変態だ。それに、うっかり神木のいないところで受粉したら子供があちこちで迷子になり、食べられてしまうだろう。ハルは深く反省した。  へたらせた耳を撫でながら、ファズが微笑んでいる。どんどん毛並みを撫でる手が妖しくなり、ひっくり返されたときには抵抗する気もなくなっていた。喉が勝手にぐるぐる鳴る。なんだか、子供を拐かすイケナイ大人の腕で悶えているような気分だ。 「ハル、もし子孫を残さなきゃいけないなんて考えてるならやめなさい。私達は誰も無理矢理短命種と婚姻を結ぶことを許さないだろう。君はただ、気ままに生きればいいんだ。世界は滅ぶものだし、いつ枯れるかは神木達が選ぶからさ」  優しさの中に秘された懇願に気づきながら、ハルは知らないふりをして頷いた。 「さあ、食休みは終わり。お昼寝の時間だ」 「わたし、赤ちゃんじゃないのよ」 「知ってるさ、お姫様」  恥ずかしくて毛皮のしたがカッと熱くなる。だが、優しく背中を撫でられると、ハルはあっという間に眠ってしまった。 ★★★  ぷかぷかと水に浮かびながら、モリトは葉をいっぱいに伸ばした。降り注ぐ太陽の光を吸収すれば、体が温かくなり、水が全身を巡っていく。 「モリト、ハルは眠ったよ」  音も風もなく、ファズの精神体が隣に現れた。一緒に入っていたフリュイをとりあげて、優しい仕草で表面を撫でる。 「……昨日の続きから話そう。過去、どう言う手段を使って神木が切り倒され、燃やされてきたのかはあらかた話たね。今日は私や他の二十三本が生き残った理由を話そうか」  モリトはハルとは別に、神木達の古い歴史を教えられている。ファズは最古から残る神木で、最も多くの話を集めた木でもある。  多くの神木がどうやって切り倒され、なにをして生き残ったか。知ることは、根を張る大地を探すモリトにとって大切なことだった。  世界には神木は二十四本であると知れ渡っている。二十五本目の神木が現れたなら、こぞって短命種達は調査に乗り出すだろう。 「それまでは獣達と一緒に戦ったり、神術で隠れたりすることが多かった。器用な者は周囲の木とそっくりな姿になったりね。とにかく隠れた……。けど、最終的には運が良かった。それにつきる。悪魔の出現原因と、今まで何が悪魔を退けていたのかは、あっという間に広がった」  精神体を解いたモリトに口はない。そのため神力を使い、神語を使って言葉を伝えている。それは一種のテレパシーのようなもので、神に創られた二種だけが扱える技だった。 「獣を守るための結界が皮肉にも神木を守る事になった。だが、その後も獣と短命種の戦いは続いた」 『結界の内側を取り合ったって聞いたことある。……獣達が入れなかったのはどうして?』 「短命種は根の上に家を建てる。彼らにはこの紋章が見えないからね。……根を潰されては体が傾くし、水も吸えなくなる。弱ってしまう前に短命種をどけようとしたんだ。やはり、私達を守るためだった」 『獣は滅びてしまうほど、数を減らしてまでボクらを助けようとするのはどうして? どうして自分のために逃げようとしないんだろう』 「……私達が獣を大切に思うのと同じくらい、獣も私達を愛してくれる。規律には確かにないけれど、最早、本能なのさ」 『だからハルは自分のことを神木を守る戦士だって思うのかな』 「獣が? そんなはずはない!」 『お母さんが話す獣や神木の事を知るたびに、ハルは自分は神木を守る戦士だと思うようになったんだよ。違うって言っても、ハルは信じなかったって……今だってそう』  ハルには言えなかった胸の内を吐き出せば、止まらない。 『ボクが根付く場所を一緒に探すのは護衛だからだと思ってる。わがままを叶えるのもそう。……ボク達の旅が終われば、ハルは一人で生きていこうと思ってる。そんなのは嫌だ、ボク達を帰る場所だって知ってほしい、笑ってほしい』 「……。絆を結べる相手を見つけたかったのは、そのためか?」  死して親類と別れ、生まれた種族は絶え……孤独がハルにつきまとっている。 『目の前で輝きだした短命種がいたんだよ。……命を輝かせる短命種はどうやって生まれるのか知りたかった。綺麗な短命種はボク達を裏切らない。……でも、最後は消えちゃったんだ』  思い出すのは別れ際のカルフ。彼はオンドロード領から悪魔が消えると確信すると、その輝きを薄めてしまった。  だが、中身が変わった訳ではなく彼の中の何かが、折り合いをつけたようにモリトには見えた。  それを何というかモリトは知らない。知らないが確かな可能性であった。  愚かしいことだったが、その心は痛いほどファズに伝わった。孤独を癒やせる信頼できる短命種にハルとの繋がりを持たせたかったのだろう。  滅びるばかりの獣をどうしてやるべきか。ファズも、それを悩まないわけではない。 「短命種はダメだ。美しくとも信用してはいけない」 『どうして?』 「彼らは彼らの社会で生きてる。しがらみがあり、親や兄弟、友人がいる。そう言った者達を見捨てられない。特に魂が光る者達は絶対に。私達を裏切っても大切な者を守りたいと思う可能性があるのさ」  赤い皮の表面に浮いた水滴を伸ばすように、ファズは撫でた。ひんやりとした薄いがしっかりした皮の下に、柔らかい果実が眠っている。その中心にある種から伸びた葉が落ち込むようにしおれてしまった。 『そんな……じゃあ、ボクはどうすればいいの。次にいつモリトが生まれるかわからない。ハルは、ハルはその間どうなるの? 誰がハルを守ってくれるの? ボクが成木となって神様に名前を貰ったら、もうその土地からは動けない。遠い地で、たった一人でハルが苦しんでいても何もしてあげられないんだ!』  それは頬を張り倒されるほどの衝撃だった。言葉を失ったファズに、モリトは声を荒げて叫ぶ。 『どうしようファズ、本当にハルは一人きりになっちゃったんだ! これからどうなるんだろう!? 過去も現在も変わらない営みを続け、神木を一人で巡って過ごすの? いつか朽ちるその時に、ハルは楽しかったと思えるのかな? ねぇ、ファズ教えてよ! そこに喜びではなく孤独があったら、ハルとボク達の関係は、別の何かになってしまうんだよ!』 「モリト……」 『だからボクがモリトの間でしかできない事をしたかった! ――ううん、しなくちゃいけない』  それは思い詰めるがあまり打ち当たる、壁にできた誘惑の亀裂だ。亀裂の向こうは断片の未来。最も美しく見える部分が顔を出す。その回りにどれほど醜悪な現実が隠れていたとしても、惑わされない者はない。 「私達じゃだめだとモリトは言うのか」 『”金色の目で世界を見ながら、ハルは誰かが手を引いてくれるのをまっているの”――お母さんはそう言ってた。ボクも、そう思う。そしてそれは、同じ毛皮を持って大地を駆ける誰かなんだ』  世界を威嚇の瞳で見つめながら獣は佇んでいるという。  しゅんとした葉っぱは太陽の光を吸収しながらも、元気が出ないようだった。 『ハルには家族がいない。ボク達を枠組みに入れてくれない。これは凄く寂しい事だと思わない?』 「思うさ、とても。でも、なぜそうなった? 普通の獣ならそうならない」  それは異界の人間として暮らした記憶を持ち越して生まれてきたからだ。  特に日本という国は、まれに見る治安の良さで犯罪が少ない。民族は個性が無いとすら言われるほどで、曖昧に微笑む。初対面の人間にも愛想が良く、人の顔色をうかがい、心を推し量り、逸脱する人間ははじき出す。失敗は死と等しいほどに恐れられる。  エディヴァルは言ってみれば野蛮だ。始まりは穏やかであっても死は日常茶飯事で、初対面の人間はまず敵だ。顔色をうかがっていれば騙され、逸脱すると言うほどの統一性がない。国家の内部であってもそうだ。失敗をしても死ぬよりはマシだと考えられ、恐れているのは悪魔か死神である。  良い、悪い。劣っている、優れているの話ではない。  あまりにも違いすぎた。  知識を捨てられず、なじみきれない彼女は自分と他という線引きを無意識にしたのだろう。  彼女は新しくできた身内に対してもそうで、あまりにもよそよそしく他人行儀だった。  だからこそ周囲は気にかける。この場で誰かが「放っておきなさい」と言えばよかったのだが、どの神木を訪ねても絶対にそんな事は言わないだろう。  これが、彼女の二つ目の不幸だ。  愛に満ちた家族に戸惑えば戸惑うほど、自分の異様さが浮き彫りになった。  前世と今世が混ざり合い、曖昧なままどちらにも立てずにいる――そう思っている。  だが、その思いは誰も知らないのだ。  思い悩んだ風のファズを見上げながら、モリトは体を揺すった。柔らかな水の力が反動を伝え、モリトをふわふわと動かす。 『……ボクは、ハルを短命種に預けた方がいいんじゃないかって考えてる』 「しかしそれは……」  悩み抜いた顔は、経験した者しかわかり得ない苦悩が滲みだしている。モリトの思いも長く生きた神木からすれば浅はかで若いのかもしれない。 『うん、ハル自身が嫌がると思う。でも、いいと思えるような環境なら? ハルは笑うかもしれない! ……ハルが笑わないのはもう知ってるよね? 生まれてからずっと、数えるくらいしか笑わないんだよ』  その苦悩を飲み込んで力に変えなければ、モリトはきっと、自分の意志を遂げられないとわかった。共存は模索しなければならない。現状ですら神木の恩恵にあずかる短命種、という一方的な関係が出来上がっている。  では、なぜ神木は結界を解かず、枯れかけながらも生きているのか。……ファズと同じで獣を待っているのか、もしかしたら結界の範囲に獣が来たらという願いからかもしれない。もちろんそれ以外の理由もあるだろう。  きっとそれは「慈悲」だ。  短命種の中には星のように光る、絆を結ぶに足る相手がいる。モリトもその光のために心を砕くこうとする。そのことに抵抗は感じない。 「暴論じゃないのか。ハルはそんな事、ちっとも願ってないだろう?」 『そうだよ、これはボクの勝手な願いなんだ。たくさん考えたんだ。一人きりにしたくないなら、ずっとボクの洞で暮らせばいい。もしかしたらハルはボクを守る対象じゃなくて家族とか友達だって思ってくれるかもしれない。でもそれはボクを優先して、願いを叶えるって事なんだと思う。だってそうでしょう? ハルはボクと別れた後、どうやって一人で生きていくか考えてる』 「……モリト」 『迷惑でも、何でもいい。ハルを寂しくさせないって決めたんだ』  ピンと伸びた葉が一回り大きくなった。精神体を取ったモリトは水の中から立ち上がる。十歳の姿から少し上に見えるだろう年頃に成長した体は、しなやかに伸びている。 「ファズ、手伝ってほしい。これは今だからできるチャンスなんだ。ボク達二十五本が同じ目的で一緒に動けば、短命種達は従わざるを得ない」 「……何を考えたんだ」  モリトの思いがファズを飲み込もうとしている。 「神木が枯れて困るのは短命種しかいない。頭が良ければそれに気付く。短命種達は頭の良い奴が最後に上に立つ。あってる?」 「あってるさ。それで?」 「ボク達の終焉を決め、全員が参加すれば誰も逆らえない。悪魔から守るかわりに、神木に忠誠を誓わせ、配下にする。……そうすればボク達には力が手に入る」 「力を持って何を成す。戦争でも始めるのか? 神の規律を持った、私達が」 「短命種がそうしたように、ボク達が生きやすい場所を創るんだ」  それは権力を持った者達に交渉を持ちかけると言う意味を含んで、伝えられた。 「ハルと何の関係がある」 「平和になれば、ハルだって回りに目を向けるかもしれない」  それは希望的観測だ。必ずなると保証もない希望に途方も無い労力をかける。正気の沙汰ではないが、ファズは嫌いじゃなかった。 「それに、何かしなくちゃ心配で根を張れないよ! これからボクに続くフリュイもきっと」 「それはなぜ?」 「ハルが言ったように、この世界は短命種がいっぱいいて、新しい芽を望んでる。ボクが何もせずに根を下ろしたらやっぱり短命種が来ると思うし、争いの元になる。それはボクだけの話じゃない」 「ああ」 「何とかしなくちゃいけない」 「なるほど、それは一大事だ。で、モリトはどこに立つ。二十五本目の神木として短命種に働きかけるのか、それとも――」 「ボクの存在は最後まで隠そうと思う。ダルドはボクの存在を知らなかった。でも、ファズは子供が人質に取られたと言ったよね、つまり、大昔に存在が知られていたのに無くなった。獣の事もそう」  つまり、何者かが故意に改竄し、その二つを隠したのだ。  それは己の罪から逃げるために行ったことかもしれないし、もしくは守ろうとしたのかもしれない。今となってはわからない事だ。ファズも知らないだろう。  憶測を建てても証拠は無く、証人もいない。考えるだけ無駄な昔のことはただ、そういう事があったのだと胸の内に止めておけばいい。  問題なのは、そうなった現在での立ち回りだ。  短命種は神木の芽を欲し、悪魔から逃れたがっている。  存在が知られればハルが言ったとおり、獣もモリトにも悪い事が起こる。思いつくだけでもハルを閉じ込め別の男と番わせたり、モリトを自分達の都合の良い場所に植えようとし、争いの元にする可能性がある。  それらを聞いたファズは淡く微笑みモリトの髪を撫でた。 「そうやって危険を考えて回避しようとするのは大切なことだ。しかし、一つ問題があるぞ。私達は存在を偽ることはできない」 「偽るのはボク達じゃない、それを聞いた短命種だよ」 「へえ?」 「悪いことじゃなと思う。だって、本当のことを言っても短命種は信じないことが多いし、わかりやすい例えの方がいい。だからボクはダルドにそれらしい職業か名称で説明してくれるよう頼もうと思う」  それは教皇へ向けた命令だ。彼はこの言葉を覆すことなく受けとるだろう。  こちらの思惑は、向こうの懇願でもあるのだから。 「ボクが嘘をつくんじゃなくて短命種が嘘をつくなら規律には引っかからないよ! 聞かれたら、正直に答えればいいと思わない? わかりにくいから、そうしたんだって」 「恐ろしいな。お前ほど神木らしくない神木は初めて見た」  けれどそこに不快さはなく、 「何でもいい、失敗したことを教えて。成功したことも、何でも! それを糧に、ボクは戦いたい。神木ボクらハルも笑って暮らせる世界が欲しいから」 「いいさ。長く生きて良かったと思わせておくれ」  芽吹きの新芽色の瞳は晴れやかに笑った。