ある日のハルちゃん。

 エイディ国へ向かう途中、何度目かの野営地。カリオンが薪を拾いに離れた隙に、ダグラスは聞いた。 「そういえば、お手紙はどうしていますか?」  毛布を伸ばしていたハルは、気まずそうに目をそらす。察した彼は「いけませんよ」とハルの耳を弾いた。触られた所を撫でて毛並みを整えたハルは、口を尖らせる。 「でも、何を書いたらいいかわからないわ。だって、ずっと一緒にいるじゃない」 「書くべき事はたくさんありますよ。カリオンさんを見ていればわかります」 「……ちょっと、やめてよ」  ブスくれたハルはモリトに頬をつつかれて、口から空気を吐き出す。 「ずっと見てるなんて変よ。警戒もしなきゃいけないし」 「なら、ご飯の感想は?」 「あ!」  お椀を片手に言ったモリトに、二人は天才児だと褒めそやした。 「あとは、そうですね……お礼に何かしてあげたらどうでしょう?」 「え……」  とたんに嫌そうにしたハルは、意味なく地面を蹴りながら「なんで?」動揺している。彼女は無事に目覚めてから、本当にいろいろな表情を見せるようになった。 「いつもご飯に縫い物に、冬は手袋を作って貰ったでしょう? 何かしてあげても罰は当たりません」 「それは、そうだけど……。お料理も縫い物も何もできないわよ」 「はい、どうぞ」  ダグラスが指し出したのは、カリオンが使っているブラシだ。半目になったハルはブラシとダグラスを交互に見て、激しく尻尾で地面を叩いた。 ★★★  翌朝、日が昇る前に置きだしたハルは周囲を伺う。得物を狙うがごとく気配を消し、そっとカリオンに近づいた。  ぐっすり眠っている。  息を殺しそっと毛布を剥ぐ。昨日は寒かったので、二つ目の姿を取っているのは好都合だった。気付かれないように忍ばせておいたブラシを持ち、ささっと毛並みを整え始める。  かつてないほど神経をとがらせ、もぞもぞとカリオンが動く度に手を止める。その表情は鬼気迫るものがあった。様子を見ながら仕事を仕上げたハルは、彼が起き出す前に毛布に潜り込む。  目覚めたカリオンは、なぜかつやつやのさらさらになっている毛並みに首をかしげ、ダグラスは嘆息する。  そして数日後、うっかり口を滑らせたモリトに、カリオンは目を輝かせた。  彼は二つ目の姿を取ると、ブラシをくわえハルに近付く。 「なんで言っちゃうの!」  激しく尻尾で地面を叩いたハルは、渡されたブラシを投げ捨てた。