自問して

 脅威になり得る天敵が滅んだ今、再び侵略を始めた悪魔の戦略はうまくいった。  驚くべきスピードで悪魔は土地を強奪した。広大な面積を誇世界の一部だったが、それは大きな一歩だ。怪物のように大きな悪魔達は森をうろつき、人のように小さな者達は集落を作り火を燃している。  しかし悪魔はなぜ、この場所を始めの基地に選んだのだろうか。  今まで、多くの国を滅ぼしながら、なぜ。  なぜ侵略を止めないのだろうか。 「知りたいとは、思わないけど」  全身をべったりと黒く染めたハルの姿を目視できる者はいないだろう。 「お、おいあんた大丈夫か」 「ええ。後どれくらいいるの?」  声をかけてきたのは最終防衛ラインにいたハンターと衛士隊だ。取り逃がした悪魔を追っているところに出くわし、合流したのだがそれまでに七体出くわしている。 「わからねぇ……前線の奴らが踏ん張ってるが、こうも多いと……」 「隊長、やはり我々も行くべきでは……」 「だめだ、住民の避難が終わっていない!」 「後方に悪魔を行かせているじゃ無いですか! 仲間も戻ってこない!!」 「……なんだ?」  叫び声が聞こえる。断末魔ではなく、これは。 「あ、お嬢ちゃん!」  ふらりと前に出たハルは、静止も聞かず走り出した。  耳に拾うのは足音と鬨の声。  身をかがめ、どれほどの数がいるのか想像して止めた。端から順番に首を飛ばせばいいだけのことだ。百いても、百回繰り返せばゼロになる。  最終防衛ラインの先は更地に近い。時々ある廃屋や、壊れた道具。足跡、骸骨。よく見ると様々な物が転がっているが営みは見えない。それらを破壊した爪痕を無感動に眺めながら、前方に迫る森を見た。  土埃があがり、一人が走ってくるのがわかる。 「ベヒモスが出た!」  すれ違いざまに言った騎士はハルの小ささと幼さ、そして性別を見て目を丸くした。返事の代わりに肩をたたく。ぎょっとした騎士は一瞬足を止めたがそのまま走り出した。  遠目でも戦いの激しさがわかる。砂粒のように吹き飛ばされている者達を静かに観察しながら森の端に潜り込み。木の上に飛び上がった。  たった一人で狩りをして生きてきたハルは、獲物の種類と能力を見切るのに余念が無い。ぐるぐると辺りを回り、知性のない悪魔が差し出す首をはね、頭のいい悪魔が徒党を組む前に分散させる。  森の中は暗い。  煌々と炊かれた火の光に目を細めながら、少しずつ、悟られないように殺していった。 「――っ! しろ!」 「て……おい!」  ベヒモスの巨体が見える場所まで来たとき、場違いにもハルは感心した。たった数十人が、倍以上ある化け物を相手にしている。 「なるほど、精鋭は送ってるのね」 「誰だ!」  す、とハルは身を躍らせる。木々の合間から飛び出た様は悪魔の新手のようだった。その場にいた誰もが同じ事を思っただろう。そして次の瞬間、ベヒモスの首に深く突き刺さる鉄剣から黒い血が吹き上がるのを見て、思考を止める。  痛みにのけぞった首が振り向く前に死角に潜り込み、着地と同時に胴を切りつける。何者にも傷つけられない怪物の鱗が砕けた。更に胴の下に転がり込み、足の健を切り飛ばす。  悲鳴を上げながら倒れまいともがく腹を蹴り上げれば、あっけないほど簡単にベヒモスは倒れ込んだ。土煙が上がり、視界がふさがれている間に尻尾を切り飛ばし、大きく後退する。  突然の援護に誰もが怯んだ彼らは、少女の一言に思考を戻した。 「加勢するわ」  幼い声が響く。鉄色の髪をたなびかせ、ひたと前方を見つめる視線に油断は無い。 「何者だ……」 「それは後で。まだ生きてる、気を抜かないで。あのでかいのはわたしがやるから、他の人は残党を片付けて」 「一人じゃ無理だ」  肩を掴むサリバンの手をどけて、ハルは、 「大丈夫」  体をかがめ、後ろ足に力を入れる。  やることはいつだって同じだ。  ベヒモスはもがきながら立ち上がろうとする。持ち上げた首、鋭く尖った牙の奥で火花が散った。雷撃の相図。  瞬間、喉元の最も堅い鱗に足の裏が触れる。衝撃に放たれた雷撃は逸れ、天上で花火のように散った。反動を利用しバック転をしながら追いすがる前足を交わす。ほんの少し腕に爪がかすめただけで服が避け、赤い線が引かれた。  予想よりも速い。  侮っていた心を戒め、剣を掲げる。 「必ず殺す。……誓います」  規律が宣言を以てハルを縛り付けた。  絶対に倒す――倒そうとする相手には誓いを立てるようになったのはいつからだろう。戦って負けたら死ぬ。逃げたら死ぬ。そんな状況が続いて、気付いたらそうなっていた。  上体を倒し走り出す。右手を、上半身をくねらせ、振り切った。剣先が鱗を貫き筋肉を潰し、骨をたたき割る。  急速に目の光が失われていく。これ以上ないほど首を傾けながら巨体は倒れ、地響きを立てた。  ベヒモスが一撃で伸されると、敵陣営から悲鳴が上がった。勢いを欠いた悪魔達は、そこで初めて仲間の数が激減していることに気がついた。森の暗闇の中でもわかるほど、空の変色が戻っている。 「今だ! 全軍――」 「待って」  見つめる先、かすかな術の気配。 「ヤァレ……」  気だるげな声が嘆息混じりに呟いた。  風で吹き飛ばされた土煙の向こう――死んだばかりでまだ痙攣しているベヒモスの上に唐突に現れた男は、病的なほど痩せた体をかがめてベヒモスの死に顔を見ていた。 「アァア……。こりゃ酷い。酷すぎるね。最悪だよ」  ブツブツと陰気に呟く男は大げさなほど大きな溜息をつく。  髪は黒く滝のようにこぼれ落ち、くぼんだ目は緑色をしている。肌は病的に白く、丈の長い厚手のコートは指先まで隠している。靴はよく磨かれ、頭には同じ色のハット帽。全てを黒で包まれた、戦場にそぐわない姿。 「……千客万来ね」  見た目は痩身の貴族といった風だが、コートの胸元には、悪魔の証たる円に草木が絡みつき、王冠を模した紋章が刺繍されている。悪魔の中でも上位でしか身につけない紋章だ。  人形であるが、戦闘力の低いただの悪魔ではないだろう。  彼は優雅にお辞儀をすると、ハルに向かって微笑んだ。 「私はディアボラ。これ、私のペットなんだけどさ、けっこう一緒にいたの。鱗は合金製で魔術も付与してる。普通の剣なら傷もつかないし、よく食べる。残飯処理にはもってこいだったんだけど、参ったねぇ」  ねぇ、と緑色の双眸がハルを射貫く。 「どうしてくれんの?」  瞬いた緑色の瞳から陣が浮き出した。術の初動。陣は動物の骨のように角張った文章が連なり構成されている。悪魔文字だ。それも複雑に書かれている。魔術と恐ろしく似ているが、威力は桁違いに、 「掃除が面倒になったじゃねぇかぁよぉおおおおおおお!!」  強い。  陣が回転すれば一秒も待たず風の弾丸が発射された。  狙いは顔面ど真ん中。とっさに首をひねり膝を折る。髪をかすめたそれは背後に着弾。押し出すような強烈な突風が背後の者達を吹き飛ばした。  二撃、三撃。光が瞬けば風が空を裂いた。走り出したハルは、えぐれる地面を後方に置いて肉薄する。  袈裟懸けに切った鉄剣はコートから滑らかに出現した果物ナイフにはじかれた。 「わぁお年代物だねぇ。んんっ? お前どこかで見たような……」 「せいっ!」  いぶかしげにしたディアボラの顔面に柄を叩き付ける。これもはじかれた。 「あ゛~何だったかなぁ……。思い出せない」  ヤダねヤダねぇ! と吐き捨てるように言うディアボラに剣先を向ける。怯えた様子も見せず余裕を感じさせる振る舞いで立っている。 「あなた、強い悪魔だ」  虹色の瞳は相手を威嚇し威圧する。だが、威圧はこの悪魔の動きを鈍らせも怯えさせもしないらしい。  ならばとハルは右目を閉じ、ゆっくりと瞼を上げた。  虹色に輝いていた光は赤いルビーのように変色し、凶暴な光を漏らしている。  あぁと手を打ちながらディアボラは思い出したように顔を引きつらせ、 「神獣ドレテールだ」  その時にはもう、敵はナイフを振りかざしていた。瞳から浮き出た悪魔文字が違う形を取ってナイフに流れ込んでいく。  反射的に身をかがめて避けた。鋭い物が頭上を横切った。  果物ナイフは本来刃渡り二十センチも無い。だが、いまや悪魔文字が纏わり付き、普通の長剣ほどの長さになっている。文字は術が完全に発動すると、消え去った。  透明な刃のできあがりである。 「付与系統の術……じゃない。風ね」 「なるほど、なるほど。勉強熱心な子だ、悪魔文字が読めるのか? アァア……こりゃ凄い」  ディアボラが遊ぶようにしかけてくる。ハルは向かってくる刃をはじき、柄で腕を殴りつけた。回転し、振り返りざまに蹴りを一撃。肋骨の感触を確かに捕らえた。それを踏み抜く勢いで更に力を込め、同時に鉄剣で首筋を狙う。  常人ならば首が飛んだだろう一撃を間一髪で避けたディアボラは、裂けた皮膚から零れる血をぬぐった。白い手袋をした手が黒く染まる。 「キャハハ!」  吐いた声は震えを帯びている。恐怖か、愉悦か。  抱え込むようにした腹を押さえながら、 「参ったねぇ。こりゃ、さっきより速い。どんな魔術を使ったのやら。君達神獣は本当に妬ましいよ」  口元が下品に緩み、弧を描いた。尖りきった剥き出しの犬歯に、滑らかな舌がその表面をなぞる。 「どんな血の味がするか、一度食べてみたかったんだが……」  吸血鬼は下品に歪んだままの口元を乱暴にぬぐい、全ての術を解いた。 「私には荷が重い。今日は止め止め! 総軍撤退だ」  はっとした時には足下に現れた亀裂に飲み込まれていく。 「こうすると重力が追加されて普通より早く出現できるんだ。逆もね? キャハハ!」  追いすがったが間に合わない。鉄剣は空振りし、声だけを残して吸血鬼の悪魔は姿を消した。 「おい、見ろ!」 「悪魔が引いていく……」  広がりつつあった空の影が一つ、また一つと消えていく。そして残された悪魔達も次々に引き返していった。撤退の角笛が吹かれる。  ハルはそれを聞きながら血糊を払った。 「待ってくれ」  瞼を閉じ、再び開くときには瞳の色は元に戻っていた。  肩を叩いてきたサリバンを見上げると、彼は砂埃にまみれた顔で後ろを指さした。 「こちらも撤退する。遺体の回収をしたい。手伝ってくれないか」  それから、と続ける。 「話を聞きたい。君は何者だ」 ★★★  すとん、と帰還専用の部屋に着地したディアボラは、うめき声を上げながら首を回した。薄暗い部屋の中で煌々と燃える紫の炎は辺りを照らしている。 「ア゛ァ。地上の光の方がいい」 「仕方ないでスッて。この炎じゃないと空気が澱んで死人が大量発生! まぁ死霊術士のアタシにとっては嬉しいことでスがね」 「ランダだ。なんでいるの」  頭の重さに耐えきれないように首を折り曲げたディアボラは、青い顔をした少女を半眼でねめ付けた。  着ている物は濃い紫のローブ。左手には白い杖を持ち、先は複雑にうねって青い石がはめ込まれている。深く被ったフードの中から灰色の三つ編みが二本垂れ下がっていた。  生気の飛んだ眼差しをフードの影から出して、ランダがふふふ、と妖しく微笑む。 「全軍撤退命令出したのディアボラさんじゃないッスか。アタシ、後方支援で入ってたんで。知ってましたよね? 一緒に撤退しあした!」 「最近潰すだけだったから戦略書見てないや。そもそもどこいたんだよ? 同じ場所なら見かけるはずなんだけどぉ」 「アタシ達はほら、太陽の光になじみ無いので岩場の影にいましたよ。やぁ、河原は好いッスね、空気が冷たくて」 「それ、後方支援じゃなくて後方で休んでただけじゃん。アァア……あれ君に任せれば良かった」  げぇっと吐く真似をしたディアボラは歩き始める。迷路のように何も無い石造りの壁をぼうっと見ながら、靴音が響く。その後を滑るように付いていたランダが回り込むようにして聞く。 「けっきょく何があったんッスか? いきなりだったんで何も見てないんスよ」 「超強敵が出た。話は魔王様と一緒に聞いてよ。同じ話するの、めんどいしぃ」 「へぇ! 吸血鬼を統べる若き族長が、手も足も出ないでやられて帰ってくるほど強い奴ッスか。久々でスねぇ。もう原種は滅んだと思ってあした」 「違うよ……」  うざったそうに首を振ると、やっとたどり着いた門が開く。重厚で、悪魔の紋章が刻まれた門は黒い鉄でできている。  門の向こうには赤いカーペットが敷かれていた。壁には国宝級の絵画と垂れ幕がされ、どれにも悪魔の紋章が縫い込まれている。  その中心、階段をつけられたひときわ高い上座に巨大な椅子がある。黄金とルビーで作られた玉座に座るのは小さな子供だった。真っ黒な髪と目を持ち、雪のように白い肌をしている。美貌の少女は妖精じみていて、背中にはコウモリのような翼があった。  第百二十三代目魔王シティパティ。悪魔界を統べる最も尊き血筋の王女。  左右に控えている男の一人は米神からから二本の角を生やし、もこもことした髪をしている。中肉中背と言った風体だが、足下から立ち上る異様な覇気を纏っていた。魔王を守護する近衛の中でも一、二を争う魔術の使い手シュマだ。  その反対にいるいかにもな武人はアエー。ハルバードの使い手で、シュマと拮抗する武力を持った悪魔。片手で頭蓋骨を砕くのは朝飯前だ。緑色の皮膚を持ち、額から頭頂部を覆うように伸びた角が特徴的である。  二人の存在に気づいたシュマが注意を促すようシティパティに囁く。 「ディアボラ伯。ランダ宮廷魔術師のお成りでございます」  扉の内側。両方に立っていた兵士が告げれば、 「ふむ、速い帰還だな。そなたら、もう終わったのかえ?」  気だるげに書類を睨んでいたシティパティは顔を上げた。黒い瞳に射貫かれた瞬間、魂を鷲掴みにされたような圧力がかかる。 「それがねぇ、魔王様。失敗致しました。申し訳ありません」 「そなたのペットであるベヒモスはどうした? ……おや、酷い怪我ではないか。内臓がぐちゃぐちゃになっておるぞ。ベヒモスは死んだのかえ」  目を眇めただけで中身を見通されたディアボラは、寒気を押さえるように大げさに手を振った。 「えぇ、首の骨を折られて一撃でしたねぇ。私の怪我も同じ者の仕業です。侵攻していた部隊にも損害が出ました。損害というか、敗走です。六百名中、二百五十名が死亡。怪我人は二百を越え、その八割は重症」  悪魔がエディヴァルに侵略を始めてから幾度となく壊滅した軍隊は出た。だが、ここ千年においては記録的な大敗である。  シティパティは顔を顰め、無言で続きを促した。今やその相貌はつり上がらんばかりになっている。 「おめおめ帰ってきた理由はわかった。して、相手は誰じゃ」 「神獣ですよ、神獣。滅びたと思ったんですがねぇ」 「シティパティ様! これは由々しき事態ですぞ」  喉から絞り出すようにシュマが囁く。  悪魔の最も恐れる神の獣が生き残っていた。これが伝われば兵士の全ては震え上がり、士気はだだ下がりだ。  かつて侵略戦争を開始した悪魔に立ちはだかったのは、鋼鉄の毛並みを持つ獣達だった。彼らは肥大な土地に住み、神木を守る守護者。悪魔の半分を軽々しく殺してみせた、悪魔も恐れる神の下僕だ。  短命種が誕生し、争いの果てに死滅したと思っていたが、まだ残っていたとは。 「しかし、何処へ隠れていたのやら。まさか他にもいるのでは無いだろうな」 「そりゃ、無いと思うッス」  憎々しげなシュマの言葉に首を振ったランダは続けた。 「あれッスよ、シティパティ様。殺し損ねた最後の雌がいたでしょう? それの子供でスよ」 「孕んでいたというのか?」 「雄が異常に庇ってたじゃないスか。あれでアタシの死霊がほとんど死んじゃって後を追えなかったッス。今思うと、嫁と子供を守るために逃げなかったんスね! やぁ、致命傷を与えたから大丈夫だと思ってたんスけどね! あ、や。そんな怖い顔しないでくださいよ」  あー納得いった、と手を打つ姿に青筋を浮かべたシュマに、ランダは愛想笑いを向ける。 「あのとき、貴様がとどめを刺しておけば……!」 「ヤダね、ヤダねぇ……。無理言わないでくださいよ。私のペットもほとんど死んじゃって大変だったんですけどねぇ……。覚えていらっしゃらない? ベヒモスが二百に死霊が……いくつ?」 「ええと、何度も襲撃しあしたから……結果的には千五百ッスね。驚異的!?」 「たった一頭の神獣に壊滅的打撃だった。おかげで侵略戦争は伸びに伸びて現在に至ってるんですがねぇ……二頭も相手にできないんですけどぉ」  アァアかったるいわ。と舌打ちしたディアボラに、こっそり感謝の視線を送ったランダが言う。 「あ、ディアボラ様。もしかしたら、あいつの母親もう死んでんじゃないッスか?」 「ええ? なんでそう思うのさ」 「だって、成体ならディアボラ様じゃ死んでるじゃないスか」 「お前、今度頭蓋骨剥ぐよ? 骨の大切さ知りたい?」 「や、や! ……と、とにかく子供っぽくなかったッスか?」  舌打ちしたディアボラは、仕方なく思い出した。見逃したわけでは無い、報復は後でするのだ。 「アー。確か、私よりちっちゃかったような?」 「じゃあ決まり! 幼体が一匹で戦場ッスよ? 普通なら親と一緒、てか洞にいるんじゃないスか。それが一人で戦場にいる」 「アァ! じゃ、母親死んでる線が濃厚? じゃあ、一人で彷徨ってるってわけだ」 「そッスそッス!」  イエーイ! と握った拳を叩きあった二人は「ふぅむ」というシュマの嘆息に姿勢を正した。 「……つまり、神獣の残りはその一頭だけであると申すのだな?」 「シュマ様。ま、まさかアタシらにやれって言うんじゃないでスよね? 前回の大敗で手勢がほとんど死んで、補充が完了してないッスよ。それに、これ以上死霊が死んだら全土攻略の兵が足りないなーなんて! なんて!」 「では、ディアボラ、そなたはどうだ」 「私も残ってるベヒモス増やさないと全滅なんだけどなぁ……。そもそも研究員だぁから戦闘にむいてないんですよ。それに、兵がこれ以上いなくなったらオンドロードの維持も難しいってわかってますぅ?」  苦虫をかみつぶしたようなシュマを横目で見やり、ふむ、とシティパティが手を叩く。 「ならばアエー。そなたに頼みたい」 「しかし陛下、陛下の守りが薄くなりますゆえ」  控えていた近衛は渋面を浮かべる。 「よい。すでに国内の不穏分子はあらかた殺した。残っているのは腰抜け共じゃ。妾は早急に、あの目障りな獣を殺したい。そなたの武力ならば幼体など一人で十分じゃろう? ランダは引き続き各地を頼む。アエーはディアボラの変わりに軍を率いよ。戦場にて幼体を殺せ。ディアボラ、そなたは研究施設に専念せよ」  シティパティの目が妖しく輝く。 「我が腕、我が意志を反映する悪魔よ。嬲れ、折れ、抉れ、壊せ。全ては力によって成る。亡骸を妾に献上せよ!」 「御意」  哄笑が響く。  武人は膝をつき、深く頭を垂れる。  その下でかすかに微笑みながら、上唇を舐めた。