故郷が

 パイロン国、王城の一室で口から魂を飛ばしているかのような表情の男が黙々とペンを走らせていた。  青を基調とした上質な制服も類い希なる美貌も霞むような、人を不安にさせる雰囲気を発している。  それを遠巻きに見ながら、同僚の一人が脇腹をつねってくるのをアルベは鬱陶しそうに払った。 「なんだよ」 「ああなってもう半年経ちますけど、元に戻らないじゃないですか! どうにかしないともっと人が辞めていきますよぉ。お茶汲みの女性も「私にはあの方を癒やすことができませんでしたっ」って昨日で辞めちゃっいましたし! まずいですって、このままじゃぺんぺん草の一本も残りませんよ!」 「それは俺がぺんぺん草よりも図太いってけなしてんのか? ……こればっかりは本人が立ち直らないと、どうしようもねぇよ」 「そう言って半年、半年経っちゃいますよ! 季節が半分終わってそのうち一巡りしちゃいますよ」 「あ、馬鹿禁句!」  二人がはっと上官を見つめると、ぴたりと手が止まった。虚ろなアーモンド形の瞳がそろりと二人を見つめる様は、まるでリビングデッドと目が合ったかのような恐怖があった。整った眉も薄い唇も、しっかりと着いた筋肉も、不気味さを一切軽減しない。  一体誰がこの姿を見て、世界で最も強くてかっこいいと言われていた騎士だとわかるだろうか。顔面スペックが変わっていないにもかかわらず、女性達が逃げ出すほどの虚ろなリビングデッドにジョブチェンジしてしまった。  それが起こったのは一季節前の―― 「ハル……」  びくり、と上官の頭に乗っているふさふさの白い耳が反応している。二人は手を取りあい、反射的に飛び退いた。むきむきに鍛え抜かれた青い羽を持つ鳥人と、同じような体格の白鷹が手を取り合う様は、なんだか禁断の花園を覗いたような微妙な気分になるが、今は彼ら以外誰もいない。  三角形の耳がせわしなく動いた後、唐突に盛り上がった涙が乙女のごとく零れ落ちた。虚ろな目が感情を帯び、憂いに染まる様は頬を染めそうな色気を醸し出していたが、二人にとっては面倒くさい事の前兆だった。 「ハル、ハルっ」  耳がへたる。ぽろぽろ流れ落ちていた涙が滝のようになり、いきなり突っ伏した上官は「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ」とか「どこに行ったんだ、会いたいよぅ」などと言いながら泣き出してしまった。  いくら類い希なる美貌の持ち主でも、男が泣いたって気持ち悪いだけだ。二人はげんなりとしながら顔を見合わせ手を離した。 「そ、そんなに落ち込んでちゃ、せっかくの男前が台無しですぜ」 「そうそう。女の子は泣き虫より包容力のある男が一番ですよぉ」 「馬鹿お前ふざけんなっ」  ますます泣き出した上官にアルベは顔を覆った。この同僚は上官の心を抉るのがうますぎる。  天然でやってるから始末に負えない。目をうろうろさせる同僚を睨みつけると、冷や汗をかいた彼はそうだ、と手を打った。 「このままじゃらちがあかないので、しばらく療養をかねて森林浴でもどうでしょうか! ちょうど東の森で悪魔らしき物が出たって依頼来てますし。オンドロード領の事も片づきましたし、サリバンもそろそろ帰ってきます。副隊長がしっかりしてるので一人くらいいなくなったって大丈夫ですよ!」 「お前、マジふざけんなよ……」  半年で頭皮の薄くなった副隊長を思ってアルベは目元を押さえ、同僚の頭を握った。鋭い爪が頭部の柔らかい羽に食い込む。 「いだだだだ! だって! こんな抜け殻みたいになっちゃって、他の隊員も接し方がわからないって言ってますよイダァアー!!」 「お前、それ以上、口を、開くな……!!」  ぎりぎりと頭を絞ったアルベは嘆息し、最高に落ち込んだ上官に向き直った。  最悪だ、椅子の上で膝を抱えてシクシクしている。  背景は変わっていないはずなのに上司の背後には、暗雲が立ちこめていた。 「まぁ、こいつに便乗するわけじゃねぇが、気分転換も含めて森林浴でもしてきたらどうです? ……あー。辻馬車で迎えに行かせた王国騎士も撒かれちまったみたいだし、ここはゆっくり続報を待つって方向で……」 「……………」 「都会の女と違って田舎の女は愛嬌はいいらしいですよ」  前置きしつつ、彼は視線をそらした。 「それに、その、新しい出会いでも探した方がいいんじゃないですかね? 見合も案外いい出会いがあるかもしれませんし」 「お! 副隊長もしばらく休んでも大丈夫だっていってましたし、そうしましょうよ? 毎日お見合いパーティ! ね、それがいい!」 「いやだ」  そこだけには反応する上官にアルベの米神が引きつった。白い羽がぶわっと逆立つような怒りを感じるが、必死で押し込める。 「……体が鈍るから、練兵場に行ってくる」  幽鬼のようにいなくなった上官を見送り、二人は顔を見合わせた。 「このぶんだと第二小隊が精神的に壊滅じゃないですか? やだなぁ明日の演習ローテーション」 「……今日中に話を通して強制的に休ませるしかねぇか。これ以上は兵士がもたん」  幽鬼に立ち向かえる兵士は今のところ少ない。各所で恐ろしい精神攻撃にあった者達が救護室に運び込まれ阿鼻叫喚の地獄絵図を描いているというのは周知の事実。  いそいそと用意を始めるアルベを見て、同僚はぼやいた。 「鋼鉄騎士が首っ丈って、すっごい美人なんだろうなぁ」  女に言い寄られても、死ぬときでさえ鉄仮面は剥がれないと噂された鋼鉄騎士が、心を乱して犬のように追いかけ回す。噂は城を駆け回り、今では恐ろしいほど妖艶で中身は淫魔ではと噂されている相手の女性。  まさか相手が成人すらしてない女の子だなんて絶対言えない、とアベルは視線をそらした。  と、 「た、隊長!! 遊撃部隊長ー!!」  突然駆け込んできた文鳥の鳥人が眼鏡を鼻先からずり落としつつ叫んだ。 「おう、ダリダか。隊長殿ならこの間から不在だ」 「じゃあ、カリオン様は!?」 「さっき練兵場行くっつって出てったぞ。すれ違わなかったか?」 「遅かったー!! もう駄目だ、うちの隊は全滅だ、うわああああああ」  汚い床に頬をこすりつけ滂沱の涙を流し、白い饅頭みたいに丸くなった姿は同情ではなく二人の食欲をあおった。昼ご飯の時間である。  はっと顔を上げたダリダは涙の膜を張るままの顔を険しくして立ち上がった。 「こんな事してる場合じゃない! まだ間に合うかもしれない!!」  鳥は飛ぶ物だが、獣人であるダリダには基本二足歩行で或る。人の骨格とはまた違い、膝までが長く、その下が短いのだがなぜか足は速い。  すでに米粒ほどになってしまったダリダに、アルベは声を張りあげた。 「ところで何の用だったんだー!」 「ヘリガバーム教団の神木に変化があったんだ! それから、教団から使者がこっちに向かってくるってー! 手紙がー!」 「て、てめっそれ早く言えよ! おい、手紙はいつ来た!?」  今朝ー! と見えなくなったが声だけ響く。 「今朝って事は、来るのあと一週間くらいか! 正装の用意しとけ!」 「わかってますよ、全く。……こんな威張ってるの職場だけで家に帰ったら奥さんの尻に敷かれてるとは、とても思えませんね」 「何か言ったかペタン!?」 「ひえっ!」  ぼそりとつぶやいた言葉をしっかり拾い、青筋を立てたアルベは同僚の尻をひっぱたいた。 ★★★  空は晴れ渡り、風は穏やかで優しい。  雲は流れ虫達は飛び交い、魚は小川を流れる。  手を入れて整えられた庭園に年老いた老人が、せっせと水を撒いていた。桶からひしゃくを使って水を撒く作業は重労働で、年老いた老人にとって苦行なはずだ。けれど、もう十年も続けている。聞いた話では老人が庭師として働き始めて四百年以上になると言う。  何かに取り憑かれているようだ、と庭師見習いは曲がりきった背中に乗った大きな桶を見つつ、思う。  彼が修行に入って七年。雨の日以外は必ずと言っていいほど続けられるその仕事を老人は一度も休まなかった。 「ファルバさん、俺がやりますよ。森の庭の世話もあるでしょう?」 「んぉ? そうかぁ? でもいいんだ。お前は腐葉土運んで撒いといてくれ」 「昨日撒きましたよ? これ以上撒いてもよくないですって」 「そう、か。……そうだな」  年若い庭師見習いは不安そうに老人を見る。昨日も一昨日も同じ事を言った。この庭は本当に綺麗に整えられている。これ以上、手の出しようが無いほどに。  維持するための努力をすればいい。  しかし老人は何か思うところがあるのか、毎日同じ事を言っている。いや、呆けているのかもしれない。そして、そんな事を言った後は同じ方向を見て必ず言うのだ。 「あぁ、まだか。まだ許せないか」  その時ばかりは年老いて濁った瞳に光が混じり、厳かに裁定を待つ罪人のようにつぶやく。理由は何度も聞いたがしつこくすればこっぴどく怒られ、辞めされられた者もいると聞く。気になるものの、庭師見習いは口を閉ざした。 「中へ入りましょう。そろそろ昼飯の時間です」 「おぉ、……そんな時間か。全部撒いちまったら行く、先に食って待ってろ」  軽く頭を下げ、いつまでも遠くを見ている老人を置いてきびすを返した。  背後で老人は囁く。 「何をしたらお前は元気になる。花を咲かせるんだ……」  見つめた先の向こう。深い森の中心にあるはずの庭を思い描く。  青々と茂った芝生。青い花を咲かせる花壇の中心に、朽ちかけた老木がぽつりと生えていた。幹や枝に傷が多く、葉の一枚も無い。枯れているとしか思えない老木は、まるで未来の大地そのものを現しているかのように佇んでいるだろう。 「許してくれ……」  枯れ果てた声は嗚咽混じりに、優しい風がかき消していった。 ★★★  教団を出て、王都に向かうことになった。  王都までは街道を使って十日ほどの距離である。教会からの使者として若い高位神官のダグラスを連れ、ハルとモリトの旅は、はっきりした目的地を持つ事となった。  本来なら巫に護衛をつけないのはおかしな話だ。事実、高位神官や真実を知るダルドはかなり粘って護衛をつけようとした。特にハルが全面に立って戦う事に難色を示す。それらを全て断り続けたのは、その特殊性から他の者と関わるべきではなく、何より教団に取り込まれるのを恐れたからだ。  高位神官であるダグラスを連れているのだからと、武芸の一つ出来ない考古学者を盾にして、やっと話は纏まった――と言うよりもモリトが無理矢理まとめさせたのだ。話が長引けば長引くほどハルは疑問を覚え、人数が多くなれば話が漏れるやもしれない。  ハルには最後まで悟られては行けない契約を結ぶ旅なのだ。モリトの努力は実を結び、獣の少女は気付いていない。  ダグラスは魔術を扱えない。ただし脳内に飼っている知識の量は他の高位神官より頭一つ抜き出ていた。最も歴史に詳しい学者を問えば、神官達はダグラスと答えるほどに。交渉はうまくないが、歩く辞書としては申し分ない。モリトもダグラスをつれて行く事に賛成した。  神木を回り、経典を見直し、正しい神話を布教する。獣の存在が明らかになり、その関係が周知されたなら短命種は神木が滅び逝く種だとわかるだろう。彼らはきっと危機感を抱くはずだ。つけ込む要素は多ければ、多いほど要求を大きくできる。  モリトの思惑はハルには知れていないが、女の勘と言うべきか。うすうす何かあるとハルは感づいている。  ただの世間知らずが、ちょっとそこまで遊びに行く事と、高位神官が何ヶ月も休みを取って出かけるのは訳が違う。  重要な用件で無ければ高位神官は滅多に外に出ないし、ダグラスは教職にある。休みを取るためにはそれなりのコネがいるのではないか。それにはモリトも関係しているだろう、と。  ぽーん、と飛んだ首が重たい音を立てて地面に落ちるのを見て、ハルは思考をいったん止めた。  一泊遅れて噴き出す血しぶきに、敵は声も出ないようだ。ぺたん、と腰を抜かす者もいれば唖然と目を見開く者もいる。 「選択肢を三つあげる」  指を一本立てる。ハルは血糊を払うように鉄剣を振り飛沫を飛ばした。それを顔面に受けた男は「ひ」と悲鳴をあげる。 「一つ、首を飛ばされて死ぬ。二つ、縦に裂かれて死ぬ。三つ、わたしが十数えるうちに逃げ出す。……いーち、に」  直立したままの死体を剣先でゆっくり倒すと、脱兎のごとく山賊共は逃げ出した。腰が抜けた者は這いながら這這の体で。  ふん、と鼻を鳴らして鉄剣をしまうと死体と首を持ち上げて街道脇の林に投げ入れた。装備は後で旅人が剥ぐかもしれないし、死体は動物が食べるだろう。 「と、弔いはしないのですか」 「しないわ」  間髪入れずに答えると、ダグラスは頬を引きつらせた。無表情で見上げると、彼は「本当に?」と首をかしげてくる。 「しかし、いかな悪人といえど、埋めるくらいのことは……」 「こいつの装備は街道沿いに出る山賊の中でも、比較的まともな部類よ」  言葉を遮り、鉄剣をしまう。 「ご教授をお願いしても?」 「何度も仕事に成功してるってこと。最初の威嚇でとっとと逃げ出した事といい、引き際をわきまえてる山賊は強いの。個人じゃ無いわ、組織としての強さよ。後を追われる前に進まないと、前方に罠を仕掛けられる可能性があるの。死にたくなければ先を急ぐ。馬車にひかれない程度に避けてあげたのも、ここでは優しいくらいよ。馬車にとってね」  どんな旅人だって山賊に情をかける事のばからしさは知っている。  そう言えば瞳がきょどきょどと周辺を見る。こわごわ周囲を見る目に怯えが混じってきた。 「この街道は王都に続く道ですよ?」 「だからって安全だとは限らないわ。現に山賊が出たじゃない」 「……なんだか、僕の想像を絶する世界です」 「あなたが温室育ちなのよ。わたし達の側を三歩以上離れないで。今日は早めに宿をとるから」  項垂れた黒猫はハルを見て歩き始めた。  実際に追い払った山賊が追ってくる確率はきわめて少ない。しつこく追い回して死傷者が多発すれば次の狩りに支障が出るし、やり過ぎれば領主が衛士を派遣する。商人達も護衛を強化し、荷を奪いにくくなると言う悪循環に陥る。いい事など全くないからだ。  だが、そんな事は後で説明すればいい。街道沿いとは人が集まりやすく、左右に対する警戒を忘れがちになる。旅人を狙う者は何も山賊だけじゃないのだから。  教団の証である神官服の上から被った中古の上着の表面を撫で、ダグラスは後に続いて歩き出した。  今日の宿は旅人しか利用しないような宿だ。小さい部屋はお世辞にも綺麗とは言いがたい。一部屋に二つのベッドがあるだけで、荷物を置けば足の踏み場も無かった。壁も薄く、寝具はお世辞にも清潔と言いがたい。 「昼間ならまだ比較的安全といえるけど、宵の口から治安が悪化する場所は多いの。明日から進む先はそういう所になるから、先に説明しておくわ。意外と人の話を聞いてる人は多いの。悪い奴に聞かれたらやっかいなことになる」  日のほとんどを授業や研究に費やしていたダグラスの体力は少ない。朝から歩いただけで足が棒のようになっている。  ベッドの上に地図を広げたハルは、ダグラスが慌てて白紙の本を取り出すのを見て、首をかしげた。 「またメモをするの?」 「これは日記で、僕は毎日の出来事を記録しているのです。この地図はご自分で書かれた物ですか?」  ディラーと同じ事をしている。神官の癖なのだろうか。 「ええ。それから人伝に聞いた話をメモするの。そうすると次の行き先が危険かどうかわかるでしょう?」  見やすいように向きを変えてやり、ハルは現在地を指さした。  二人が行ったことのある地方、噂で聞いた土地の状況などが黒いインクで細かに書き込まれていた。それは他国にまで及び、ダグラスはその量に感嘆の溜息をついた。 「この黒い線が王都までの道のり。明日は急がないと野宿になるから早朝に出発することになるわ」 「途中、一件あるようですが寄らないのです?」 「この宿屋は盗みをするの」  目を丸くして絶句したダグラスに、噛み砕くように告げる。 「農民が謝礼欲しさに穴を掘って馬車をはめるなんてよくあることだし、昔なじみの宿が困窮して盗賊の根城になる事もあるのよ。ここは来るときに聞いたんだけど、避けた方がいいって話だったわ」  積極的に話しかける事はないが、旅人の多くは子供の二人連れを珍しがった。それは孤児にしては身綺麗で、お忍びと言うには護衛がいないからだ。旅人達は二人に親切めかしていろいろな話をしていく。  やむを得ぬ、または自身の心のままに旅を決行した時、多くの旅人が初心者達に安全な旅のやり方を教える。それは旅人の暗黙の掟だった。酒を奢らせるための方便でもあったが、恩恵は様々な土地を巡る旅人達が生きるための、複雑なネットワークに入れるための洗礼みたいなものだ。そして、人数が増えれば情報は増え、安全な道とそうで無いものの区別が付くようになる。  無論、嘘をいう輩もいるが、その情報すらも出回り旅人達はそう言う奴らを忘れずにはじき出す。  もちろん情報を流す事も大切だ。自分が歩いた安全な道を流す。そうすると誰が行ったどこの場所に何があったか最速で手に入れることもできる。伝えた人物の情報もわかるから、詳しい話を探し出して聞く事もできる。  そういうときは金銭のやりとりか、対価が必要とされた。ハルも他国ではよく呼び止められた。それは子供でも歩ける道なのかどうか、と言った疑問から、危険な道を共に行かないかという誘いまで様々だ。  多くの者は、ハルを護衛代わりにする事が多かった。対価にそれまで歩いてきた道の情報とご飯を要求したが、それでも安いものだろう。 「そう言う物があるんですね……」 「旅人は情報屋の手下みたいなもので、それを売って生計を立ててる人もいる。とくに、何処に何の悪魔が出たか真っ先に知るのは旅人が多いわ」 「僕もそれに入れるでしょうか?」  この猫は、必要だから聞いているのだろうか、それとも好奇心から聞いてるのだろうか。そんな風にしばしダグラスを見つめながら答える。 「酒場に行ってお酒を飲めば勝手に寄ってくるわ。三件くらい回ればね。わたし達の場合は宿の雑魚寝で一緒の人が教えてくれたし、変わりに教えてあげられる情報を知ってた。何かを貰う時は必ず返すの。そうすれば繋がりは途絶えない」  酒場は旅人達が情報を交換するための食事会みたいなものだ。多少社交性があれば有意義な時間になるだろう。  ふむ、と考え込んだダグラスは日記に記した。 「なるほど、僕は世間知らずですね。エクソシスト達が五年の巡礼に帰ってこないわけがわかったように思います……」 「それなんだけど、どうして教会はちょっとでも調べて教えてあげないの? 貴族の事ならちょっと聞けばあっという間にわかるじゃない」 「おそらく、真っ先にハンターギルドに行くからかと。そこで討伐をすれば記録に残りますから……」  ああ、と内心納得した。ハンターギルドに行けば悪魔の情報は誰でも閲覧できる。見習達はそこで引率もされず、悪魔に特攻していくのだろう。  教団のやり方など本当はどうでもいいのだが、純粋培養された神官を目の前にするとおざなりすぎて阿呆と言う言葉しか出ない。 「でも、巡礼を終えたエクソシストからどうやって巡ったのか話を聞くだけでも全然違うわ。あまりにも出回らなさすぎて、誰かが情報規制しているのかと思ってたわ」 「身分が低い者が五年の巡礼に出る、という偏見が強く、上層部は貴族で固まっているのです。その弊害でしょうね……お恥ずかしい。この度の経験を報告し、少しでも改善案を提出します。申し訳ないのですが、地図を写させていただいても?」 「いいけど、何年も前の話も入ってるの。だから鵜呑みにしないで。昨日の話も今日には違ってる事もあるの。あと、旅の話しは少しディラーにもしたわ」 「なるほど、帰って話しを聞きましょう。しかし……これは難しい」  歴史の教師はそう言って頬を掻いた。 「わからない事があっても今日は教えない。わたし眠る」 「じゃあ、ボクが教えてあげる」  口を出さずに横でもぞもぞしていたモリトは、えっへんと胸を張りながら言う。微笑ましそうに見たダグラスは「お願い致します」と丁寧に頭を下げた。  横目で見ながらハルは寝台の一つを借りて目を閉じた。二人が仲良く会話するのを、どこか遠くに感じると、意識がすとんと落ちた。