答えがわからず

 サリバンはこれまで数々の功を上げてきた。王立の騎士学校を主席で卒業し、二年務めて昇格。副隊長へと就任した。派遣された様々な戦場で悪魔を切り捨て、得た武勲は数知れず。死ぬような目に何度もあってきた。  切り抜けられてきたのは己の力と強靱な精神、そして恵まれた仲間がいたからだ。 「これで現在無事な者は全てか」  当初、衛士とエクソシスト含め八百いた兵士達は半分になっていた。  死地を戦い生き残った仲間は怪我が原因で命を落としたり、動ける者もほとんどは怪我人だ。実質壊滅である。 「これからどうなさるおつもりです。侵攻軍は追い返せましたが、奪われた土地にはまだ悪魔達が残っています」  教会から派遣されたエクソシストが問う。その目に消えない闘士を宿しているのを見つめながらサリバンは答える。 「やることは変わらない。我々騎士団は引き続きオンドロード領を守る。本国に手紙を頼み、増援を要求している」 「我々も教会に手紙を出しました。猊下のお耳に入れば必ず、エクソシスト達が来てくれます」 「残りは俺達衛士だが、戦闘に加わることはできない。すまんな……ご領主様の意向なんだ。領民を他領へ避難させなければならない」  衛士隊長は申し訳なさそうにうつむいている。二人はそれを慰めた。 「いいんだ、あなた方は領民を守るのが本分。領主の意向は正しい。誰も怨みやしないさ」 「我々はここで踏ん張り、少しでも侵略を遅らせるのが使命です。旅路の無事をお祈りします」  力強く握手をかわし、衛士隊長は数人の部下を連れ戻っていった。  見渡す限り、森は所々欠けたように穴を開けている。小高い丘からそれを見渡し、森の境目に転がる死体に目を細めた。見方も悪魔も入り交じって死んでいる。  かつて、オンドロード領の避暑地として名高い名所が見るも無惨に荒れ果てている。  今は死体を集め、見方の兵は身分を確かめ埋葬し、悪魔の方は高い部位をはぎ取って残りは焼却している。 「お前達は手伝いに行ってくれ。……軍資金がつきないのが、ただ一つの救いだな」 「おい旦那!」  と、仕事に戻る騎士達の合間を縫うように、声が掛かる。サリバンは振り返った。 「ラセットか。どうした?」 「どうしたもこうしたも、旦那の頼みを調べてきてやったんだぜ。おらよ」  この一戦からサリバンのことを旦那と呼びだしたハンターのラセットが、汚れた紙束を投げ寄越した。 「調べたんだが、ハルって奴はどこのハンターギルドにも所属してないフリーだ。ここへ来たのはオンドロード領の融資契約のためで、裏が取れてる」 「この報告書はお前が作ったのか?」 「その辺のハンターに聞いて噂話を集めたやつだ。旦那達はそんな暇ねぇだろ? かわりにやっといてやったぞ」 「恩に着る」 「よせやい」  照れたように頭をかいたラセットは、ふと表情を変えた。 「得体の知れねぇやつだ。出身も種族もわからん。あいつの物を盗ろうとしなければ難癖つけても多少は許してくれるらしいが、おすすめしないぞ」 「ほう……。ちなみにそいつらはどうなった?」 「前者は物理的に首飛ばされるか十分の八殺し。後者は半殺し。どっちにしろ痛い目見る。おっかねぇ子供だ。ああ、子供といや、連れてる餓鬼には絶対手を出すな。ちょっかいもだ」 「前者になるのか?」 「おおとも。人質に取ろうとした連中はミンチになった。血の雨で通りが真っ赤になって、掃除に一週間かかったってよ。衛士から聞いたから本当だろう。楽に死ねなくなる」 「それはまた、見せしめにしても凄まじいな」 「皆殺しの鉄剣なんてあだ名が付いてる。気をつけるにこしたことないさ」 「あの……申し訳ない。そちらの方は部下のようではありませんが」  ラセットは突然話しかけてきたエクソシストを見て半眼になったが、一緒に戦場にいたのを思い出したのだろう。快活に笑って答えた。 「ちげぇよ。旦那には助けてもらったから、その礼をしてるんだ。あんたさっきのエクソシストだろ? エクソシストってやつは何の攻撃力もない経典諳じてるだけの、ひょろくてたいした力も無いくせに、威張り腐った嫌な奴だって思ってたが、アンタは勇敢だった。俺はハンターで名前はラセット。アンタ名前は?」 「ソルートと申します。教会の定めた修行によってエクソシストとなりました。同じにしないでいただけたのなら幸いだ。ああ、前も言いましたが、ちゃんと戦えるのはヘリガバーム教団だけです」 「五年の巡礼か? なるほど庶民出か。……あ、今のは褒め言葉な。息継ぎ無しの文句はいらないぞ?」 「ふふふ!」  普段上品さを求められ、教会の使徒としてふんぞり返っているエクソシストは貴族が多い。一緒に仕事をする時は最も倦厭されるのだ。  そして威張り腐って実力が無いものが多い。ハンターの間では日常的に嘲笑と苛立ちの的として存在している。  下町育ちのソルートは修行の五年間を金を積まずに全うし、教会によって正式に許可を得たエクソシストとなった。それだけで実力は折紙付で貴族階級のエクソシストにとっては目障りな存在である。  死地と呼ばれた前線にたたき込まれたのもそのためだが、彼にとっては居心地のよい場所なのだろう。  二人は子供っぽい笑みを浮かべながら拳をぶつけあった。 「仲良くなった所で場所を変えようか。少し込み入った話がしたい」  サリバンの険しい眼差しに「教会の懺悔室へどうぞ」ソルートが静かに促した。  教会は破壊を免れたようで、そこかしこで神官や孤児達が炊き出しの準備に明け暮れている。まわりは難民キャンプのように家を失った者達の仮施設が建設されていた。日に二回、朝と昼の配給を貰おうと行列ができている。  その中、奥まった場所に懺悔室があった。内側から鍵が閉まり、分厚い壁で出来ているため外に声は漏れない。 「それで、お話とは」 「今後の作戦を練りたいが、その前にハンター達はどうするんだ?」 「大半は帰るってよ。今回ので金を稼いだからな。一生遊んで暮らせるってんで、よその国や土地に行くやつばかりだな。オンドロード領もちったぁ治安が良くなるぜ」 「喜んでいいやら悪いやら。……そうなると一番無事だった戦力がほとんどなくなるな」 「馬鹿言っちゃいけねぇぜ旦那。戦わない兵士なんていらねぇよ。行きのついでに領民の護衛してくれるんだ、それだけで十分さ」 「いよいよ、土地の放棄ですか……和平交渉できる相手ならばと思わずにはいられません」 「言っても仕方ない。それより今後の悪魔側の反応が気になるな」 「なにかあったのですか?」 「二人とも、紋章を持った悪魔を見ただろう? あれが出るときは大抵、強いのがもう一匹来る。……ああ、私の祖母が口を酸っぱくしていってたんだがな、本当だろう」 「ベヒモスだけで死にそうになるのに、悪魔はどれだけいるんだか……。神木の芽も出ないしよ。……ああ、すまねぇ、責めたわけじゃねぇんだ。忘れてくれ」 「いいえ、神木が枯れかけているこの現状こそが、悪魔を引き寄せる最も大きな要因です」 「それを言うなら世界全土のご先祖様が神木を切り倒したのが始まりだ。我々は先祖の罪を背負って戦おう」 「ありがとうございます」  浮かべた涙をぬぐい、ソルートは顔を上げた。 「で、強いのがもう一匹出たとして、我々は瞬殺されるだろう。兵力も技量も足りていない」 「原種の血を引くサリバン様が言うと、骨身に染みるぜ。……でも黙ってそうなるつもりは無いだろう?」 「それで、ラセットが調べてくれたこの資料だ。さっと見たんだが、ハルという少女は一緒にいる少年を守ってるように感じる」 「兄弟ならば年長者が下を守ろうとすることはあるでしょう」  孤児達を思い出してソルートが言う。 ――あなたに話すことは何も無いわ。  そう言い切って去った少女をサリバンは思い出す。完全に拒絶されたが、どうにかつけ込む隙がほしい。 「似てないって話だろう? ハルは銀色。少年……モリト君か? 彼は緑色の髪じゃないか。顔立ちも違うようだし」 「亜人だったら似てねぇ兄弟なんて普通だがなぁ。……まあ旦那がそう言うならそれでいいとして、どうするんだ? 誘拐はやめといた方がいいぞ」 「我々は市民を悪魔から守る正義だ。そんな真似はしない」  「じゃあどうすんだよ」と言うラセットにサリバンは微笑む。 「なに、正面から頼むのさ」 「嫌な予感がしますね……」 「大丈夫さ! 俺の感が外れたことは……まぁ、たまにしか無い。彼女を引き込めれば、盤上はひっくり返せる」 「そこまですげぇってんなら、名が轟いててもいいくらいだが聞いたことないぜ?」 「これが最初の一つかもしれないぞ? おそらく彼女は原種の血を濃くひいている。似ている人を知ってるんだ」 「……ラセット、私は怪我人の皆さんに手当をしなければならないので行けませんが」 「わかったよ。付いてってやるよ。でも期待すんなよ、俺そういうの苦手なんだ」  エクソシストとハンターは不安そうに顔を見合わせた。 ★★★  闇が一番深いところへやってくる頃。ハルはきちんと待っていたモリトと、厳しい顔をするカルフを見つけた。全身痣だらけで髪が爆発したようになっている。 「何があったんです……」 「こちらの台詞ですよ、それ……。ああ、モリト君はきちんと押さえておきました。使用人の方々と一緒にね」  カルフは黒濡れのハルを見て引きつった顔をする。  それは避難していた住民達も同じで、誰もが悲鳴を噛み殺し限界まで目を見開いていた。まるで悪魔かどうか見定めているかのように。 「ハル!」  必死に伸ばされた手を除けながら、ハルはモリトをじっくり見つめた。顔も髪も服装もぐちゃぐちゃで、かなり抵抗したらしいことが見て取れる。カルフはよく頑張っただろう。そんなに腕力があったとは思えなかったが。 「どうして避けるの!?」 「モリトが汚れるから。お湯を使いたいわ、流石に鼻が曲がりそう。……モリトはご飯食べた?」 「そんなことより、ボク怒ってる。どうして一人で行っちゃったの!」 「……ごめんね。悪魔を殺さないと、ゆっくり帰れないと思ったのよ」 「それも本当だろうけど、ボクのわがまま聞くせいなんでしょう?」  生乾きの黒い血が付くのもかまわず、冷え切ったハルの体を抱きしめたモリトは泣き出した。 「だったら、もう二度と置いていかないで」 「モリト……」  ぐっすり眠っていた情けなさと、カルフに言われるがまま待たなければならなかった無力さと、ハルを一人にしてしまった後悔がいっぺんに胸を刺激して、息をすることも辛い。 「子供を一人にするものじゃありません。――お湯を沸かしましょう。服は妹のをもらってください」 「妹さん? 大丈夫だったんですね」 「ええ、母と妹はここへ逃げてきました」 「お父さん達は?」 「モリト」 「いいんです、父と兄は生きています。……戦況はどうなっていますか?」  ハルは戦闘は行ってすぐに終わったこと、侵攻軍は撤退したことを簡単に告げた。 「そうでしたか。……では、明日には責めてくる可能性があるんですね」  ふと立ち止まってカルフを見る。 「今日のようなことは無しです。家族とも話しましたが、私はここに残ります。ハルさんには感謝しています、今日のことも融資のことも。ですがこれ以上はだめです」 「二つの意味で貢献するために?」 「それもありますが、あなたが子供だからです。見てください、こんなに小さい」  重ねた手の平は大人と子供だ。 「ハルさんはとても強い。正直加勢してくれたらどれほど心強いかわかりません。しかし、あなたはまだ幼い。悪魔を狩る事と、戦争をすることは私にだって違う事がわかります。これはもう戦争です。そんなものに関わるべきじゃ無い。誰かがなにか言う前に、この土地を離れるべきだ」  オンドロード領は十分よくしてもらいました。お早く準備を。  そう言って彼がハルの手を引っ張ったとき「待った」と声がかかった。